第七章 記録の巻物 その一

「ラベン」(Raben)、「神の射手」(Bowman of God)であり、「光の子ら」(Children of Light)を「霧の国」(Land of Mists)へと率いた「ホスキア」(Hoskiah)の子の手により。

ホスキアは、その弓矢が稲妻の閃光の如く突き刺す力強い男であり、そして彼の敵どもは刈り手の前の穀物のように屈服した。彼は「神々の戦争」(War of Gods)における「人々の頭領」(Captain of Men)であり、彼が殺した者たちは秤の中の大麦の如く達した。注1 彼の敵どもは彼の前でその足元のカーペットの如く注2広がり、彼のような者は他に存在しなかった。

彼は、「全能なる神」(Allmight God)を知っていた者であり、彼の父祖たちの「神」(God)として「彼」(Him)を仰ぎ見ていた。しかし、ホスキアは、彼の人民たちの習慣に従って「神」(Him)を崇拝していたのであり、それ故に「真実」(Truth)をただ部分的に理解していたのみであった。というのも、「神」(Him)を無断借用していたため、彼らは「神」(Him)を完全に理解することが出来なかったのである。

さて、戦いの日々は過ぎ去り、ホスキアと生き残った者たちは異国の地で眠りに就いた。というのも、彼らは勝利を収めてきた彼の王によって欲されたからである。彼の妻たちと子供たち、そして彼の全ての世帯は山に面した「カデシュ」(Kadesh)に居住し、ホスキアの帰還を待っていた。しかし、彼は彼の王が欲している間は帰って来ることが無かった。

それで、彼の世帯および財産のすべてに渡って面倒を見ている彼の兄弟「イシアス」(Isias)は、ホスキアがこの場に戻る事が出来ない事を知ると、それらを自分のものとしてしまった。イシアスは地位の高い者たちに話を聞いてもらえて、そしてホスキアは彼の長子相続権を失ってしまった。

そのような次第で、ホスキアのものであった全てのものが彼の兄弟イシアスの手に渡った。彼はホスキアの妻たちをも手に入れた。というのも、それがそこの王の命令であったからである。

しかし、「アセリア」(Athelia)、ホスキアの第一夫人は、イシアスを跳ねつけ、彼の頭上に「ヘルヤウィ」(Helyawi)の天罰を与えるよう祈り求めた。それでイシアスは恐れたので、彼女に手を付ける事はなかった。他の妻たちがこれを見ると、アセリアは常にホスキアの高い寵愛を得ていたので、彼女たちはアセリアを妬み、イシアス注3 を彼女に向って焚きつけた。他の妻たちはイシアスをからかって言った。「貴方は本当にここの主なの?それとも貴方がもぎ取ることが出来ない果実でもあるの?」

それで、イシアスは力尽くでアセリアを得ようとしたが、彼女は抗い、そして彼の男らしさは傷つけられたので、彼女を得る事は出来なかった。注4 それで、イシアスは七日に渡り彼女を縛り付けさせ、その手を縛り上げて、彼女自身で食べたり飲んだりあるいは彼女の肉体が必要とする事が出来ない様にした。彼女は恥辱を受け、そして彼女の女性らしさは台無しとなった。というのも、一人の白痴の男が彼女の食事や用足しの世話をし、そしてその男は彼女の淑やかさをからかったためである。彼女は用足しの欲求に苦悩した。

そして、七日目の日に、イシアスはアセリアを裁判へと連れて行き、彼女は裸にされて鞭打たれ、そして彼女の髪は焼き払われた。彼女は顔に焼き印を押され、彼女の唇と舌は切り取られた。彼女には一枚の衣服と水で満ちた水差し、そしてドライフルーツと穀粉を与えられた。彼女はイシアスによって追い出されたが、その時イシアスは言った。「行け、女よ。そしてお前が例えホスキアを見つけたとしても、彼はお前が片言であると理解するであろう。」

アセリアは死ぬために荒野へと出て行き、そして夜、彼女は痛みと疲労の中エラン(elan)の樹の元に倒れ込み、そしてそこに横たわった。苦悶して、彼女は彼女の「神」(God)へ向かって呼び掛け、痛みを感じる事が無い様にその魂を自分の体から投げ出した。そして、彼女の魂はホスキアを発見した。

翌日痛みが軽くなったので、アセリアは起きて「神」を賞賛して言った。「私は痛みの中眠りました。というのも、「神」は善であり、慈悲深いからです。そして私はホスキアが遠く離れた地でまだ生きている事を知りましたが、私の魂と我が「神」が私を彼へと導くでしょう。」そして彼女は、自分の魂に導かれて出発した。

同じ夜、ホスキアは山間の洞穴に横たわっていた。しかし、彼は眠れなかった。というのも、彼の兄弟についての便りを伝える者がやって来て、次のように書かれていた。「イシアスがかつて貴方のものであった全てのものを所有した。彼は貴方の妻たちでさえ手に入れ、そして貴方と彼の間には、貴方を殺すであろう多くの者たちがいる。」

ホスキアが霊の苦悶の内に斯くの如く横になっていると、彼はアセリアの魂の存在を感じて、平安が彼の上に訪れてそして彼は眠った。そして、彼が眠っている時に夢を見た。その夢の中で、アセリアが彼の足元に立っていて、その姿は彼がこれまで彼女について知っているよりも美しかった。そして彼女は言った。「貴方の全てが失われた訳ではありません。というのも、私は貴方を求めて荒野をやって来ていて、そして私は貴方を見つけ出すでしょう。心穏やかでいらっしゃって下さい。」そしてホスキアは起きて元気を回復して霊的に強くなった。

そして、彼は山から降りて来て、荒野を越えて、人々が隠れ家とする「苦い水の場所」(Place of Bitter Waters)注5 へとやって来た。人々は王の激怒からそこで隠れていたのである。そしてホスキアは彼らに訊いて言った。「貴方たちは数多くの場所からやって来た。貴方のうちの誰か、私を探している女を見なかったであろうか?」彼らは言った。「女がそのような探索で旅をしまわることなどないでしょう。彼女が多数の侍者に付き添われているとしても。ところで、彼女の見た目はどの様で?」そしてホスキアは言った。「彼女は夜明けの様に美しく、その髪はワタリガラスの翼の様で、そしてその肌は純度の高いオイルのようだ。彼女の手触りは冷たい水のようであり、そして彼女の振舞いは羚羊のようだ。」

すると、男たちは彼をからかって、大いに喋って言った。「お前が言うような者がどれほど長い間独り旅するだろうか?自分の世帯を離れて荒野へとやって来るのは、女たちの気質ではない。誰かその女を無視する男がいるだろうか?それじゃ、今、誰が彼女を手に入れているのか?彼女を荒野で探し求めなさんな。というのも、彼女は素晴らしい亜麻布に身をくるみ、甘く香る香水を匂わせていないのか?」

するとホスキアは自問して言った。「私は実際、夢を追う馬鹿者だ。目先に男の仕事がある時に夢を見る時間なぞ無いはずだ。」それで朝になると、彼は随行する者たちに言った。「私は自分の兄弟と雌雄を決そう。」しかし、彼らは彼に訴えて言った。「貴方には大勢の、あるいは一団の男たちがいますか?そのような馬鹿げた考えは断念して下さい。」

ところで、その頃、アセリアは泉のあった山の麓に住んでいた。というのも、彼女は幾日もの旅でくたびれていたからである。そして、彼女は精神的にうんざりしていた。というのも、人々は、彼女が彼らの中にやってくると、彼女を棒で打ち付けて彼らの居住地から彼女を追いだしたからである。彼女は彼らの目に不快であり、そして誰も彼女を望まなかった。

誰もその泉には近づかなかった。というのも、そこは、岩から声がしてきて、死者が話しかけてきた呪われた場所であったからである。それ故に、そこは「死者の謁見室」(Audience Chamber of the Dead)と呼ばれていた。そして、魔女以外の誰もがそこには行かなかった。というのも、死者は彼女らに害を与えなかったからである。

さて、日が暮れると、ホスキアは眠った。そして、彼の随行者たちは警戒を怠っていた。そこで、邪悪な男たちが仲間内で言った。「我々は夜の間にホスキアを殺そう。というのも、彼は金銀に戦利品を持っているからだ。我々は奴の頭を切り落とし、それを彼の兄弟の元へ持参しよう。我々に報償が与えられ、歓迎されるために。」

それで、早朝、男たちがやって来てホスキアやその随行者たちを襲撃して彼らを殺そうとした。しかし、彼らのうちの一人は足取りが重かったので、ホスキアは彼らが自分に襲い掛かって来ると目を覚まし、そしてホスキアは男の剣を掴みライオンのように踊り上がってその男を打ちのめして虐殺した。しかし、ホスキアは兜を着用しておらず彼の頭は剥き出しだったので、彼は頭部を負傷した。彼に立ち向かってきた者どもは死んだかまたは逃げ出した。彼の随行者たちの内たった一人だけが生き残っていたのだが、彼はひどく負傷していた。

朝になると、彼らはロバに積み荷を積んで発った。ホスキアは自分の弓を抱えていたので、誰も彼に近づく事はなかった。そして太陽が高く昇ると、ホスキアの目から視覚が無くなっていき、そして彼は盲目となった。

それで、ホスキアと彼の随行者は希望を棄てた。というのも、彼らを前後から滅ぼす者たちがいたし、そして荒野が彼らを取り囲んでいた。そこで彼らは言った。「我々は、この故に、我々の側にある死者の謁見室と呼ばれる場所へ行こう。というのも、我々は既に死んだ者たちのようではあるまいか?そこでは、我々は喉の渇きを静める水を見つけ、そして我々が日数を終える間我々の傷をなだめることになろう。」

そして、彼らが、川の流れが砂へと落ち込む場所にある渡渉点へと入った時、ホスキアの(唯一の)随行者が死んだ。その時、ホスキアは山の間から彼へ呼び掛ける死者たちの声を聞いた。彼は起立して言った。「私は来た。というのも、その時がやって来たからである。」そして、彼は水流を越えて行った。盲目なので、彼は岩にぶつかりそして地面に倒れ込んだ。そして、既に死んだ者の様にそこに横たわった。

ところで、その日、アセリアの魂は心配させられていて、そして彼女は自分の務めからはぐれて四方八方を彷徨っていた。彼女は空を見上げて、ワタリガラスが空から降下してくるのを見ると、彼女の魂は自分に言った。「見よ、あれはホスキアの魂から来たものだ。というのも、彼は近くに居り、そして死に掛けている。」そこでアセリアはその鳥の導きに従って先を急いだ。

彼女は、ホスキアの魂が天に召されようとしている時に、彼と出会った。そして、彼女は彼を腕に抱き、彼の頭を持ち上げて彼に水を飲ませた。彼女の魂は彼の魂と気持ちを交わし合い、彼の体に残るように命じた。すると、彼らの間のきずな故に、ホスキアの魂は彼の体に留まった。そして彼女は彼の元に三日間留まり、東屋を建てて彼の世話をした。しかし、彼は既に死んだ者のように横たわっていた。

三日目に、太陽がその夜の王国へと入る準備をする頃、ホスキアはかすかに動いた。彼は自分の傷に苦悶して呻き、そしてアセリアは彼を慰め、そして彼は安らかに眠った。翌日明るい時間になると、彼は目を覚まし、そしてアセリアの肌が彼の上にあるのを感じた。それでホスキアは彼女と分かって言った。「アセリア、お前はここにいるのか?私が必要とする時に、どのようにしてこの場所にやって来て私を見つけたのか?」

しかし、アセリアは、自分の(切られた)舌のために答えず、そして彼女は自分の顔を取り巻いてベールを張っていた。というのも、彼女はホスキアが盲目となった事を知らなかったからである。彼女は涙を流し、そして彼女の涙は彼の顔の上に落ちた。そして彼は彼女の手をしっかりと握って離さなかった。というのも、彼女の手は、彼女はかつてそうであった様に彼と話をする事が出来ない事を告げていたからである。そこで彼は言った。「私は盲目であり、見る事が出来ないのだ。」しかし、彼女はそのベールを手繰ることは無かった。というのも、彼女は、彼の手が目の代わりにまさぐる時に、彼の事を危惧したからである。

日々が過ぎ、ホスキアは(より)力強くなり、そして彼は自分の兄弟の行いの話を知り、彼の「神」の名において復讐を誓った。彼は言った。「この目的の為に、私に人生が残されているのである。」しかし、アセリアは彼がそのように話すのを聞いて悲嘆にくれた。というのも、彼は彼女の支え無しには歩けないからである。

その谷の水は冷たく、そしてそこには薬草や野生の果実があり、そして山腹にはヤギがいた。それで、数多くの日々の後、ホスキアは完全に治癒し、再び強靭となった。しかし、彼は盲目のままであったので、彼はアセリアを見る事が出来ず、それ故に、彼の心の中では彼女は美しくあり続けた。しかし、優しい話ぶりは彼女から失われていた。この点については、ホスキアは気に留めなった。というのも、彼が日々耳にしたのは、彼が生命を取り戻した事を彼女が知る前に彼が彼女の腕の中に抱かれるように彼に挨拶する話ぶりであったからである。ホスキアとアセリアは最早岩々の間の声に悩むことは無かった。というのも、この場では彼らに何の害も与えなかったからである。

ホスキアは再び強さを取り戻すと、彼はその場を離れる事を望み、辛抱することに苛立った。しかし、アセリアは彼に留まるように指示した。彼女は言った。「貴方は盲目であり、それ故に子供同然な状態です。荒野で私たちは餓死するのではないでしょうか?あるいは、貴方を追う者たちによって殺されるのではないでしょうか?私たちはここに留まりましょう。」そしてホスキアは彼女の言葉に従った。というのも、この場所は不愉快という訳ではなかったからである。

やがて、ある日、アセリアが谷間で薬草を集めている時、彼女は川で水を飲んでいる異邦人を遠くに認めた事があった。彼は弱っており、長旅で疲労していた。そこで彼女はホスキアを連れてそして共にその異邦人の元へと赴き、ホスキアはその異邦人に挨拶して言った。「「神」の安らぎが貴方と共に在りますように、ご主人様。どのようにして我々は貴方にお仕え致しましょうか?」その異邦人は彼らに答えて言った。「私は「ローカス」(Lokus)、「炎の鳥の子」(Son of the Fire Bird)であり、そして「ティレ王」(king of Tyre)に侍した医者です。私は、死者たちの知恵を聞く事が出来る様に、この場所から遠く離れた土地から旅をして来ました。私は孤独の中、自分の魂と話をするためにやって来ました。というのも、私は人々のやり方にうんざりしたからです。私は最早、戦争や浮世の事で過度に自分の心配をする地位の高い人々との付き合いを求める事はありません。」そしてホスキアはローカスが非常に名高い魔術師である事を知った。

ホスキアは近くにあるより小さな洞穴に源を発する源泉の流水の傍にある山腹の洞穴に住んでいた。洞穴の前の土地は平坦であり、そして往古の果樹園と囲いがあった。その向こうには、木々があった。ローカスが、ホスキアが野営しているその住処へと連れてこられた時、彼は食べ物と休憩でもてなされた。ホスキアは彼に言った。「貴方は偉大なる魔術師たちの間でさえ偉大であります。というのも、貴方の魔術はエジプトの魔術より一層素晴らしいからです。私は貴方に請います、ご主人様、私の盲目を憐みの目でご覧ください。というのも、それによって私は、男たちの間の男であり、そして自分の眼前に男の仕事がある私は、子供のようでさえあるからです。それ故に、願わくは、炎をもって魔術を投じ、私が再び完全な状態になることが出来る様にしてください。」ローカスはホスキアに向かって言った。「それでは、それが貴方の心からの一つの願いであるのか、貴方が他に望む事は「天にも地にも」(Heaven or Earth)ないのか?」ホスキアは言った。「これに勝る願いは何もないのです。」

そして、ローカスはアセリアへ話しかけて言った。「貴女の望みは何か?貴女がかつての様になれることか?」そしてアセリアは言った。「それは、実に私が望む事です。特に私の主人の為に。しかし、ご主人様、全てよりも上に、私は主人が再び見る事が出来る様になる事を望みます。でも、おお、彼の目が彼を私から破滅へと導きませんように。」ローカスはアセリアへ言った。「貴女は彼の目が見るであろうものをご存知でしょう。」彼女は彼に答えた。「彼の目にはそれが望むものを見せて下さい。彼の目に見せて下さい。」ローカスは彼女に向かて言った。「それでは、そのようになるであろう。というのも、貴方がたは二人の間にただ一つの望みを共有するからだ。私はホスキアと、彼の目が再び見る事が出来るように契約をしよう。契約は次の通りである:ホスキアは、アセリアが彼の息子を生むまでこの場に留まるものとし、そして彼の息子の乳離れの六か月後までは、ホスキアは私の足下に座って私の指導を身に着けるものとする。」

それで、アセリアはローカスに向かって言った。「ご主人様、彼が最早盲目でなくなって私をありのままに見る時、その契約の重荷は彼にとって非常に大きなものとなるのではありませんか?」ローカスは答えた。「彼には二つよりも多い目があるさ。」

ローカスはホスキアを引き受けて彼に呪文を投げかけ、彼を眠りに陥らせた。そしてローカスは彼の頭部を開き、彼を盲目としている悪鬼を追い出して彼の頭を土で覆い、その悪魔が住み着く事を継続できない様にした。それから、ホスキアは六日六夜の間眠ったままとした。

七日目の日にホスキアは目覚め、すると、見よ、彼は最早盲目ではなかった。それで彼はアセリアを呼んだが、彼女は彼の元に来なかった。するとホスキアは叫んだ。「私は見える。しかし、あの女性はここにいない。これは喜びの時ではないのか?しかし、見よ、彼女は離れ続けている。」ローカスは彼に向って言った。「それが女性のやり方なのさ。そのままにさせておきなされ。」そして夜がやって来ると、アセリアはやって来てホスキアの足元に座り、そして彼に向って言った。「我が君よ、それは良かったです。我が心は喜んでいます。」そこで、ホスキアは、彼の手を伸ばしてアセリア掴んで、ローカスに向かって言った。「私はこの女性と長くやって来ました。そして私は彼女の顔を見る事が出来ない様に盲目となりました。次に私は申し上げたい。松明をすぐに私に持ってきて、私が心底から見たいと望む顔を見る事が出来るようにして欲しい。」

それで、アセリアは、首を垂れながら、よそよそしいままであるがホスキアの傍に着いたが、ベールが彼女の顔の前を隠していた。そしてローカスは、松明を傍に配置して、そのベールを引いて彼女の顔を明かりへ向けて持ち上げると、その女性は恐ろし気に(ホスキアを)見上げた。ホスキアは押し黙って彼女の顔を長らく見つめ続けた。すると、彼は彼女を自分に向かって引き揚げてて彼女の顔に接吻をして言った。「我が愛妻よ、年月はそなたの若い時の愛らしさから何も奪ってきていない。」するとアセリアは気絶して彼の前に倒れ込んだ。

さて、朝が来た時、ローカスは洞穴の外に座っていた。するとアセリアがやって来て彼の前に跪いて言った。「偉大なるご主人様、貴方はどんな魔法を引き起こされたのでしょうか?川の水は嘘をつきません。しかし、私の主人はそのように私を見ないのです。」するとローカスは彼女に答えて言った。「彼は魂もまた見ない訳では無い。が、人間たちの目は欺きの器官であり、だから信頼する事は出来ない。私はたった一つの望みを承諾した。というのも、我が魔法は貴女に手を付けていないからだ。ホスキアは本当に見えている。が、もし彼が、他の男たちのような目をもって見ずに、彼の目の全てで、また部分的に彼の心を用いて見るのでなければ、恐らく私の魔法は不完全であり、そして私は最も偉大なる魔術師ではない事になる。」

数え切れない日数が過ぎて、アセリアは最初に娘を出産し、次いで息子を出産した。そしてホスキアはローカスの前に座って彼の指導を受け、数多くの本が彼に開かれた。彼は「秘密の方法の奥義」(the Mysteries of the Secret Way)と「炎の歌」(the Songs of the Fire)を学んだ。彼は古くから伝わって来た知恵について知った。

そしてある時、その日が実現した。ホスキアはローカスの元へと行って言った。「契約が要求する事を全て成し遂げました。」するとローカスは彼に答えて言った。「申し分ない。すぐに準備を開始し、貴方の運命の道を辿りなさい。」

それで、ホスキアはアセリアと彼の息子そして娘を連れて、ローカスと共に荒野へと出た。そして、彼らが人々の居住地へとやって来ると、アセリアの顔はベールで覆われた。そして、ローカスは、自分の運勢に従って大魔術師として旅をし、ホスキアはあたかも彼の注6 奴隷であるかのように仕えた。

かくして、彼らはイシアスが支配する土地へとやって来て、そしてローカスは樹脂と粘土を用いて動物の皮で出来た仮面を作成して、ホスキアとアセリアへ与えた。更に彼は彼らを風変りな衣服で身を纏わせて、彼らの皮膚を染めて言った。「人々は魔術師にあらゆる事を期待し、魔術師について見る風変りな事に関しては疑いを持つことが無い。それ故に、私の従者たちについてこの地の人々をガッカリさせないように様にしよう。」ホスキアに向かって彼は言った。「一人の唖者を装いなさい。というのも、貴方の舌は、我々が来てその中に混じるこの土地の人々に対して貴方を裏切るであろうから。」そこでホスキアは答えた。「私の舌はこの地では麻痺した様になるでしょう。」この様にして、彼らはイシアスの面前にやって来た。

イシアスは贅沢な暮らしぶりで顔色が良く、彼の体は脂肪で満たされていた。彼はエジプトからの見事な亜麻布と香水を纏っていた。すると、ホスキアは心の中で思った。「これが我が父の子であり、私が子供の頃の連れだったというのか?弱虫の手によって黄金は脂肪へと変わると、まったく書かれているものだ。」

ローカスはイシアスへ話しかけて言った。「ご主人様、私は遠くから赴き、それ故に私とその召使たちに食物と水と頭を横たえる場所を乞い願うもので御座います。私は魔術師の中の魔術師であり、医者の中の医者であります。もしかすると、貴殿の一家に、私めがお仕えする事が出来る具合の悪い者や悪鬼に取りつかれた者たちがいらっしゃるかもしれません。あるいは、私めが不思議な事物や魔法で貴殿の余暇を賑やかにし、人々の理解を超えた不思議な事どもを貴殿にご覧頂く事などは如何でしょうか?」

イシアスはローカスへ言った。「我々の元に滞在しなさい。というのも、ここには殆ど楽しみが無いから。もし貴方が我らの日々に活気を添えるのであるならば、貴方は我々に良く仕える事になる。」

それで、イシアスがたくさんの貴族たちがその一家と共にやって来る大饗宴の支度を整える事が実現する事となった。ローカスの名声は遠方まで広まった。というのも、彼は病んだ者たちをいやし、悪鬼どもを追い払い、人々の理解を超えたたくさんの不思議な事を見せた。そして、やって来た者たちの中には、ホスキアを知っていた者たちが多数いた。

大饗宴の日がやって来た時、多くのもてなしとお祭り騒ぎがあり、そしてローカスは、全ての人々が彼の魔術を喝采するように、すばらしい奇跡を引き起こした。更に、遊戯や力比べやダンスが催された。日が暮れると、大きなかがり火が焚かれて多数の松明が用いられた。卓上にはあらゆる種類のおいしい食べ物が並べられて、来客たちは広い中庭に集った。イシアスは背の高いエジプトイチジクの樹の元に座し、彼の前にあらゆるは種類の肉が積まれた食卓が置かれた。そこにはパンや甘いものや香辛料が豊富であった。そしてイシアスは陰間や淫らな女たちの間に座っていて、彼と共に大食漢や大酒飲みどもが居た。彼らの一団では多くの高笑いやいたずらっぽい身振りがあった。歌を歌う女どもや踊りを踊る少女たちがいた。女を演じる陰間たちが居たし、邪悪さの香気と共に夜はどんよりとしていた。

饗宴や踊りは夜更けまで上機嫌で行われ、そしてローカスは集う人々に彼の力を披歴した。

喧騒がその高みに達している時、イシアスはローカスに話しかけて言った。「今我々に、貴方の最も大いなる奇跡で、今まで我々が見た事も無いようなものを見せて欲しい。夜が一層活気づくように。」

そこでローカスは彼らの前に立ち、そして見よ、彼は彼らの眼前で石を黄金に変え、そして犬をロバに変えた。彼は空の水差しからワインや牛乳を引き出し、棒きれを蛇へと変化させた。がらんとした卓の前に立ち、彼はあらゆる種類の食物やワインを空中から取り出し、素晴らしいご馳走として並べ立てた。そして、ローカスはホスキアを彼の奴隷として呼び出し、ホスキアの前に端正な乙女を立たせた。するとホスキアは彼女に向けて矢を何本も打ち放ち、その矢は彼女の全身を貫いたので、彼女の体に人が自分の手を置く場所が無い程であった。そして彼女がまるで血の暴風雨の中に立っているかの様に彼女のローブを伝って血が下の方へと迸り、その後彼女は地面にくずおれて、そこで人々の眼前で死んで横たわった。

すると、ローカスは彼女へと歩み寄り、彼女の死体から矢をもぎ取った後、その上に外套を投げかけた。彼は矢をイシアスとその周囲の者たちへと携えて言った。「あの乙女注7の血を調べなさい。」そこで、彼らは矢を手に持ってそれを見た。すると見よ、彼らが矢を手に持ち見ていると、その血はそれらの矢から消え失せて、矢の汚れは無くなった。そこでローカスは大声で叫んだ。「見よ、その血は元に戻った。」そして、乙女の方へと赴き、彼がその乙女から外套を持ちあげて取り上げると、見よ、彼がそのようにするにつれて彼女のローブは再び血の汚れが無くなった。そしてローカスは彼女の手を取り彼女に向って言った。「起きよ。」すると、彼女は起き上がり、イシアスの眼前に立った。イシアスは押し黙り、そして彼の周囲の者たちは何も話すことが出来なかった。その乙女は外側のローブである上着を投げ捨てて、彼女は会衆の前で踊ったので、そこにいる全ての者たちは大いに驚いた。というのも、彼女の体には矢に打たれた傷跡が無かったからである。

イシアスはローカスへ話しかけて言った。「どの様にしてこの様な事が起こり得ようか?これはどの様な魔法なのか?」ローカスは彼に答えて言った。「ご主人様、貴方の目は私が命じる様に見えていたのです。というのも、私は人の心の支配者であり、肉体や木の支配者では無いからです。目というものは最も大いに人を惑わすものです。これはエチオピアの弓の仕業を取り消すエジプトの魔法なのです。」するとイシアスは言った。「斯くも奇妙に装ってそこに立っているこのエチオピア人は誰なのか?他の者が弓を止める前に人がとうてい一撃を食らわすことが出来ない様に矢を放つとは、実に射手の中の射手である。「ラスファミシェル」(Rasfamishel)が我々の間にやって来たのであろうか?」ローカスは彼に答えて言った。「ご主人様、彼は地面がひっくり返る場所にある「象の地」(Land of Elephants)の向こうからやって来たのです。彼の弓に魔力があり、それは野生のロバを射る事が出来、そして獅子を倒すことが出来るのです。」そのように言いながらローカスは土製の壺を手に取り、それを卓上に立てた。そして、ホスキアは、離れた場所に立ち、それに向けて矢を放った。すると、その壺は粉々になり、そしてそれがバラバラになると、見よ、その場所に銀の壺が現れた。これらの事を目にした者たちは仰天し、ローカスの魔法についてお互いに話し合った。

その集まりの中のある弁士が立ち上がり、ローカスの魔法を賞賛する言葉を述べたが、イシアスは黙り込んで座し、じっと考え込んでいた。そして、ローカスに彼の傍に来るように命じて、イシアスは言った。「今宵、私は自分自身の目で一人の乙女が矢で殺されて、そして死の眠りから起き上がるのを見た。私は弓の魔法が土くれを銀に変えるのを見た。それでは、貴方の魔法は老齢を若返らせ、弱さを強さへと変えるのに十分な程偉大なものであろうか?魔術師の最も偉大なる者はこういった事さえ出来ると言われている。」すると、ローカスは自分自身を持ち上げて言った。「そういった事でさえ、私には実現可能です。」

その後、あちこちでたくさんの囁きが起こり、イシアスの周囲に座っている者たちの間でたくさんの話が沸き起こった。イシアスのお気に入りの位置に立つ者たちは言った。「ご主人様、今がその時です。この偉大なる魔術師の魔法で貴方の背から外してその年月を投げ捨てさせて、若さの活力を新たにしましょう。」そして、彼らが話している間、陰間たちの間では多くの囁きと嘲笑が起こった。

ローカスはイシアスの面前から後ろに下がり、彼が左手を掲げると、大きな雷鳴が起こった。彼が右手を掲げると、地面から炎が躍り出て来て、噴煙の巨大な雲が起こった。そして彼はイシアスに言った。「偉大なるイシアスよ、これが貴方の時なり。貴方はこの地この場所の支配者であり、それ故に貴方は望み通りに命令する。既に夜半を過ぎ、夜はその終結へと急いている。今、私の言葉を聞くが良い。次の事を貴方に言おう:饗宴の場の端を背に風変りに装って立っている我が魔法の天幕へと入られよ。その天幕から私は自分の魔法を発していて、それが為されると我が力を補充する為にそこへ戻る。その中に我が魔法の泉が、偉大なる力の輪の中枢がある。あの世の炎の赤き輝きが夜空に最初に現れるまでそこに留まられよ。それから、支配者よ、私がその天幕へと入って行って、そしてそれを背に立って、この地この場所の支配者を呼ばわりましょう。すると、見よ、男らしい力と活力を纏って新しくなった支配者が、会衆の前に立つでしょう。男の中の男であり、そしてこの家に相応しい主です。彼は、私ローカス、魔法の達人でさえ、彼のような者を公布する最初の人であるような、そのような男でしょう。」

それでイシアスは魔術師ローカスの天幕へと入り、彼が中へ進むと、ローカスはホスキアの大弓を与えて言った。「これを貴方と共に持たれよ。というのも、その魔力は大いなるものであり、多分必要となりましょう。それはこの地の支配者に相応しい武器なのです。」

その後、会衆は仲間内で話をして待った。歌う女たちは何時間もの間のんびりと過ごした。そして、最初の曙光の矢が夜空を突き刺した時、ローカスは起き上がって魔法の天幕を背に立った。扉を持ち上げて、彼は大声で呼ばわった。「これらの地、この場所の偉大なる支配者よ、そなたの賜物へと現れ給え。皆の者よ、そなたらの君主を見よ。」そして、彼が話していると、見よ、ホスキアが君主として盛装して、剣とベルトを纏って曙光の中へと進み出て来た。彼は兜を被っており、彼の手はあの大弓を握っていた。」

大きなため息の音が会衆の間を通り抜けていき、人々はお互いを見合った。彼らは困惑させられ、何をすべきか分からなかった。というのも、彼らの周囲には魔法がかかっていたからである。すると、ローカスは静寂の中、声を張り上げて叫んだ。「見よ、私はこれらの地と場所の支配者として男の中の男を連れて来た。それ故に、貴方がたは相応しい方法で彼を受け入れたら如何だろうか?」それで、人々は自分たちの間で話して言った。「この者は我々が知るホスキアの見た目を有する者であり、実のところ、これらの地と場所の支配者だ。彼は実際に雄々しい、もし彼であるならば。魔法が彼を墓場から引き出したのか、あるいはイシアスの霊がホスキアの形で彼自身を纏ったのだろうか?」それから、一人の者が、次いで他の者が自分たちの前のその男を歓呼して迎えて言った。「このお方は、我らの主君ホスキアでないとしても、男の中の男である。」その後、「ホスキア!」という大きな歓呼の叫びが沸き起こり、そしてホスキアは会衆の前で厳めしく立ち尽くしていた。

さて、会衆の中で静かである者たちがいた。先ほどまでイシアスが居た卓の周囲にいた陰間と淫らな女たちは、お互いにしがみつきながら、顔が青くなり静まり返って座っていた。彼らは自問して言った。「もし実際にこの者がホスキアであるならば、我らの主イシアスはどこにいるのか?」すると、一人の男が会衆の間から立ち上がって叫んだ。「この者は魔法によって変化したイシアスではなく、ホスキアそのものであり、この悪の魔術師がペテンを働いたのだ。イシアスは変化したのではなく、殺されたのだ。彼の復讐をしようではないか。」そして、後ろに手を伸ばして、彼は投げ槍を手に取り、それをホスキアに向けて投げつけようとした。が、ホスキアの手が握る弓がたわんで、その投げ槍が投じられるよりも前に矢がその男の喉を貫いた。その後、その弓は、ホスキアの敵たちが死ぬ前に二度うなった。

今や、残りの者たちはホスキアの周囲に集まって歓喜するという事が起こった。彼らが言うには、「ホスキアは実に正当な支配者であり、彼以外の何者も、我々がこの夜明けに捌かれた弓を見たように、弓を捌いた事は無かった。」そして、ホスキアは彼らの間を通り抜けてイシアスの席へと着いた。すると、そこに集まっていた者たちはホスキアを前にして縮み上り、ホスキアはそこの卓を一掃して綺麗にし、その卓の周囲に立っていた者たちを追い払って言った。「立ち去れ。私がお前たちを掴んで打擲しない様に。というのも、お前たちは地上を汚し、「神」にも人にも仕えないからだ。」彼らは立ち去って言った。「この者は実際にホスキアであり、イシアスではない。」そして、イシアスは二度と人々の目につくことは無かった。

時に、三日が経過した後、ローカスはホスキアに言った。「私は発たねばならぬ時が来た。私は、今や貴方の王でもある我が王の元へと参って、貴方の事について彼に話そう。私が今すぐに発ち、ここで過度にぶらぶらと過ごさない方が、具合が宜しい。というのも、たぶん、現状からすると、彼は私の言葉に喜んで耳を貸すであろうから。しかし、もし私がここで貴方とだらだらと過ごしていたならば、他の者たちが他の異なった説明で、かの王の耳を得る事になりましょう。」それでローカスは出発し、ホスキアは深く悲しんだ。

ローカスが発つ前に、彼には馬と従者、また奴隷やロバが旅の為の食料と共に与えられた。そしてローカスはホスキアに言った。「我々は再会するでしょう。というのも、それは「天の書」(Book of Heaven)に定められているから。」

アセリアはホスキアの前に何度も来て言った。「ご主人様、私を貴方の居所から立ち去らせて、それ程遠すぎない場所に住まわせて下さい。」するとホスキアは、彼女の話の仕方故に心の中で当惑した。というのも、彼は彼女が何を欲しているのかを理解する事が出来なかったからである。彼は言った。「私の一家の女たちについて何も恐れる事は無い。というのも、そなた以外に私が望む者は居ないからである。」

そして、ローカスが彼の王の元へと行く途上、彼は病に襲われて既に死んだ者の様に横たわったという事が起こった。そして何日にも渡って彼の魂は死の準備をした。すると、彼が病で横たわっている間、ホスキアの目を縛っていた力は弱まって、そしてホスキアの目は最早縛られている事は無かった。

今や、ホスキアは彼の一家から不要分子を追放し、そして彼の財産を処置して日々を過ごし、彼の国は栄えた。彼の使用人たちは最早以前のように自分たちの間でいさかう事無く、彼の影の元に満足が行き渡った。

そして、何日もの日々が過ぎて、全ての事が整った後、ホスキアは彼の家令を呼んで彼に向って言った。「饗宴の準備をせよ。国土が私に惜しみなく与えてくれたので、それに劣らない程惜しみなく与えたいものだ。」ホスキアはそのように言って、それは実行された。

さて、イシアスの一家に「ミリム」(Mirim)と呼ばれる女がいた。彼女は見るに美しく、ホスキアの好意を得ようとした。そして、女たちの間で、いつもベールで顔を覆ったままであるアセリアについての話が盛んに行われた。というのも、その女たちの間に、彼女を知る者がいたからである。しかし、誰もそれをホスキアに話しかける事は無かった。というのも、彼は女性に関して殆ど話をしない男であり、そしてアセリアは彼の目に第一位を占めていたからである。

ミリムはアセリアの貶められた容姿を知らなかったし、彼女がベールを取った様子を見た事も無かった。しかし、ミリムはある日、アセリアが用を足している間にアセリアを密かに探るという事が起こった。ミリムは、アセリアがベールを取っているのを見て、自分自身で思案を巡らせた。

それから、饗宴の日がやって来て、来客も数多かったが、陰間や淫らな女たちの姿は無かった。そして、女たちの間でアセリアは離れて席を取り、男たちの間では金持ちや戦、戦利品や家政についての話で盛り上がった。

客人たちの中に、ミリムの好意を得ようとしていた若い貴族がいた。そして、饗宴や踊りがその高みに達すると同時に、彼らはお互いに誘い合った。注8 それから彼らが松明の明かりの背後で戯れている時、ミリムは彼に向って言った。「私は実の所、綺麗かしら?」すると彼は彼女に答えて言った。「貴女は最も美しい女性たちの間でさえ、お美しい。」すると、彼女は彼に向って言った。「しかし、私よりもずっと美しい人がいるの。あまりにも美しいので、彼女は男性たちの前でベールを被っている必要があるの。彼女の名はアセリア、ホスキアの妻で、彼が彼女をそのように保っているの。彼はご自分を心配していて、それで彼女を信用しない。というのも、それが彼の弱点なのだから。」そして、ミリムはその若い貴族から立ち去って言った。「行って、彼女の顔を御覧なさい。そして、貴方がそれでも私は美しい女性たちのな中でも一番であるとおっしゃるのであるならば、私は、貴方が衷心からそうおっしゃるのであり、貴方の体の望みからおっしゃるのではないと理解するでしょう。」

その若い貴族は饗宴の場へと戻り、ホスキアの傍に席を占め、自分の周囲の人たちに向かって話しかけて言った。「貴方がたの内で誰か、ギンバイカやシュロを身に帯びる最も美しい人と張り合う女性をここで見たことがある人はいませんか?」すると、ある者が彼を戒めて言った。「ご自分が客として持て成されている家の女性たちについてそのような話をする事は適切ではない。彼女たちが夜の女のように品定めされると言うのか?」

しかし、その若い貴族の口は留まることなく、返答して言った。「話の種をもたらす物事について話しませんか?」するとホスキアが彼の話を聞きつけて、怒って言った。「我が家の中で、何が愚か者の口を無駄話へと誘うのか?」その若い貴族は言った。「一人の男性が隠そうとする事が常に、他の者たちの興味を喚起するのです。自分が誇りに感じている物事を隠す男性が誰か居るでしょうか?」そこで、ホスキアは彼の周囲に目を配って言った。「そのような話は、私には分からない。」その若い貴族は言った。「我が王よ、人々は貴方がここに連れて来ている女性のベールの背後に存在するものについて話をするのです。彼女は実際に人々が言う程美しいのであろうか、あるいは女性たちに関するうわさ話の中に、実のところ真実があるのでしょうか?」

すると、アセリアの顔の劣化について知っていた者たちは彼らの間で呟いた。というのも、彼女の秘密を隠し通す事が出来なかったからである。彼らは言った。「これはずぼらな話であり、邪なことである。過去に属する悪事は葬られたままにせよ。この一件がホスキア以外の者誰かに関りがあるのか?我々は女性たちの間にいて、話題がこのようにあるべきであると言うのか?我々の慣習が軽々しく脇へ追いやられるのか?そのベールはそのままにせよ。」

しかし、ホスキアは、その呟きを聞いて、言われた事を誤って受け取った。そして、彼はその若い貴族に向かって話して言った。「その女性は殆どの女性が美しいと言えない程美しいのだ。私が知らないだろうか?貴方はそれを実際に自分で確認するが良い。」それから、ホスキアは心の中で言った。「随分長い事私は彼女の気まぐれに付き合わされてきた。真珠はその貝殻の中で注9喜びをもたらすであろうか?」その後、ホスキアは彼の付き人を彼女へと遣わした。

それで、アセリアは彼女の助手なる乙女たちと共にやって来た。ミリムもまたやって来て、彼らの背後近くに位置取った。それから、アセリアはホスキアの面前に立って言った。「我が主よ、お望みは何でございましょうか?」そして、彼は彼女に言った。「婦人よ、そのベールを除けるが良い。」すると、アセリアは自分の手をベールへと持って行って彼に嘆願して言った。「我が主よ、ここには多くの男性たちやお客さまたちがおいでです。私がそれによって守られている私の人々の慣習があります。」すると、彼女の声を聞いて、男たちはお互いに目を合わせて、その中の最も長老である者たちがホスキアに言った。「その女性をそのままにされよ。というのも、この件は全く重要な事ではなく、我々にも全く関心が無いからだ。彼女の気まぐれを許容されよ。というのも、女性とはそのようなものであるからだ。我々が女性たちの小さな喜びを否定する事ができようか?」アセリアはその話をした男性に向かって彼女の頭を下げた。彼女がそうした時、ミリムが前に進んでそのベールを掴み、脇へと取り去った。すると、アセリアの悩まされてきた顔が会衆たちに露となった。

全ての男たちは、彫像のように無言となり静まり返った。それから、ホスキアはアセリアを見つめ、アセリアはホスキアを見つめた。そして、ホスキアはありのままの彼女を見、アセリアは彼が見たもの注10を悟った。すると、その若い貴族が声を上げて言った。「ホスキアの真珠をご覧あれ。」すると、ホスキアは激怒して彼の方を見て、彼を殺した。

その後、ホスキアは、一人で静かに立っていたアセリアの方を向いて言った。「どんな悪事がここで働いたのか?立ち去れ、私からお前の顔を引け。」すると、アセリアは会衆の間を出て行った。そして、自分の寝室へ移動すると、彼女は毒の一服を飲み込んだ。その後、彼女の助手なる乙女がホスキアの元へと馳せ参じて言った。「我が主よ、おいでください。私の女主人がお亡くなりになりそうです。」

すると、ホスキアは、その心を自責の念で満たしつつ、アセリアの元へと急いだ。そして、彼が彼女の元へと到着すると、彼女は死んだ。

それで、ホスキアは彼女の死を嘆き、彼の心は深い悲しみで満たされた。その後、彼はアセリアの死体を見つめて言った。「私は、私自身の心の中の生きがいを殺してしまった。私は、私が盲目となった時に私を大事にしてくれた人を殺してしまった。愛の境界を越えて愛してくれた人を。」

苦悶の内に、彼の魂の目が開眼して傍に立っているアセリアの魂を見た。すると、ホスキアは彼女の美のありさまに目がくらんだ。というのも、彼女は太陽の様に燦然としていたからである。彼は自分の手を彼女へと伸ばしたが、彼女に触れる事は出来なかった。というのも、彼女は地上的なものの手が届く範囲外の存在であったからである。そして、彼女は彼に向って首を左右に振り、手を挙げて「永遠なる控えの間」(Antechamber of Eternity)へと立ち去って行った。

ホスキアは立ち上がり、その部屋から大股で歩いて出た。しかし、彼は再び饗宴の場へと戻ることは無かった。彼は何日もの間悲しんだ。

さて、ホスキアが依然悲しんでいる間、男たちの一団が彼に立ち向かう為に近づいているとの報告があった。

それで、彼は荷を積んだロバと共に自分の使用人たちを遣わして、彼自身も出発した。そして、彼の真の男たちと共に、彼を殺そうとやって来る者たちとまみえる為に、道の上にある高台に陣取った。それから、ホスキアは彼らを矢と投石をもって彼らを迎え撃って、彼らを皆殺しとした。

その後ホスキアとその同行者たちは荒野へと赴き、そこで多くの日々を過ごした。すると、ローカスに関する知らせが彼の元にもたらされる事が起こり、彼は立ち上がって「炎の子ら」(the Sons of Fire)注11の国へと立ち入り、「キシム」(Kithim)からの商人として「ティーレ」(Tyre)へと移動した。

それで、ホスキアが、多数の神殿がある「ホーニボ」(Hawnibo)と「メシロナス」(Mesilonas)を経由して、「アラド」(Arad)の船に乗って「光の子ら」(Children of Light)の息子らと共にやって来るという事が起こった。その船は「木々の国」(Land of Trees)に向けてある収穫をもたらし、その国では「西」(West)へ向けて大河が流れていた。そして、彼の息子たちはティーレに残して、ローカスの家の指導を受ける事が出来るようにした。

ホスキアは「霧の国」(Land of Mists)にて何年にも渡って統治して、法律を作り、老齢により死んだ。彼は地面が隆起した川の傍に石の下に埋葬されて、多数のかごで土が運び込まれた。垣根が設けられて、いまだに成長している木々がその場所の周囲に配置された。

ホスキアがこの地に来た時、彼は地上で44歳であり、彼が死ぬまでに45年が経過した。彼の「神」が彼の望みをかなえますように!「ラベン」(Raben)、ホスキアの息子の一人は、この国のローカスの家の娘から生まれた。


脚注

注1:原文は"... and those he slew where numbered like barley in the measure."。この部分は"and"で結ばれる重文であると思われ、この位置に不自然な"where"があるのはおかしい。よってこれを"were"の誤植と理解して訳出した。

注2:原語は"hke"。これは"like"の写し間違いであろう。

注3:原語は"Isais"。他の部分では全て"Isias"となっているので、"Isias"の誤植であろう。

注4:原文では、", so thatddid did not take her."とある。全く酷い誤植であるが、これは恐らく", so that he did not take her."の誤りであろう。

注5:"bitter water"の訳は、「硫苦水」なる翻訳を散見するが、それは適切ではなかろう。Ordeal of the bitter waterによれば、これは旧約聖書の民数記5:12に出て来る女に関する記述で、その口語訳民数記を読むと、5:19に「のろいの苦い水」と出て来る。従って、「苦い水」が適切な訳となろう。

注6:原語は"bis"。たびたび出て来るが、これは"his"であろう。

注7:原語は"amaiden"。これは"a maiden"であろう。

注8:原フレーズは"come one to the other"。これは意味が通らないので、恐らく"come on to the other"ではあるまいか。

注9:原フレーズは"withinits shell"。これは"within its shell"であろう。

注10:原フレーズは"whathe saw"。これは、"what he saw"の誤りであろう。

注11:"Sons of Fire"は「炎の息子ら」と訳出することも出来るが、私はより広い意味で「~の国の人」あるいは「~の継承者」などの意味合いを暗に含む「子」という訳出を採用した。

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