第十三章 ラムカットの巻物

荘厳なのは「冥府」(Netherworld)の夜明けにおける大いなる審判の日である。魂は「審判の間」(Hall of Judgement)の中で裸の状態で立ち、如何なるものも今や覆い隠すことは出来ない。偽善は役に立たない。魂がそれ自身の厭わしさを現す時に善良さを主張することは無益である。空虚な儀式的な言葉をブツブツと言うのは愚かである。存在しない神々に呼び掛けるのは時間の無駄である。

「審判の間」(Hall of Judgement)の中で、悪徳漢が裁かれる。その日より後、彼の素養がその食物を作り上げる。彼の魂は、「地上」(Earth)の土くれと同じくらい柔らかいのだが、固められてその型に従って形作られる。差引勘定は調整される。

ある者が到着する。「四十二の善」(The Forty-Two Virtues)が彼の査定者である。彼は小神として麗人の間に住まうであろうか、あるいは「恐怖の番人」(Keeper of Horrors)に捕らわれの身となり、暗黒の情け深い外套の元に不潔な物の内に住まうのであろうか?

ある者が到着する。地上で苦しめられた捩れた体そして恐ろしい表情は、入口で捨て去られて、離れ去った。彼は光輝を放ちながらその「間」を大股で通り、「永遠なる美の場」(Place of Everlasting Beauty)へと通って行く。

ある者が到着する。今やどのような地上的なる肉体も地上で悪事を為す者の真の似姿であるその恐ろしい姿を隠すことはない。彼は自分が耐えることが出来ない光から逃れ、「恐怖の場」(Place of Terror)の傍の影にその身を隠した。間もなく彼は「みじめな一団」(Dismal Company)の間の彼に相応しい場所へと引かれていくであろう。

ある者が到着する。彼は正直かつ公正な者であった。彼の欠点や弱点は取るに足らない。この正直な男は何も恐れない。というのも、彼は「輝かしい者たち」(Bright Ones)の間で歓迎され、制約されることなく「永遠なる貴族たち」(Everlasting Lords)の間を歩き回るであろう。

ある者が到着する。彼は「目に見えない判事たち」(Unseen Judges)を前にして身震いし、取り乱しており、何も知らず、地上的な知識と自信は置き去ってきた。秤は下に振れ、彼は自分の魂を見て自分の真の姿を認識し、寛大なる暗黒の中へと駆け込んでいく。その暗黒は彼を包み込み暗黒なる腕が彼を抱きしめ、彼を恐ろしい闇、「暗黒なる秘密の戦慄の場」(Place of Dark Secret Horrors)の中へと引きずり込む。

ある者が到着する。彼女は法廷を美で飾り立て、男たちは彼女の愛らしさや優美さを礼賛した。時に、外套が脱ぎ去られると、全てが放棄され、秘密が明かされる時間となる。入口を通りやって来て戦慄を形作る、欲望に満ちた思考や秘められた不貞なる行いを、誰が評する事が出来ようか?同情心を抱く者たちは押し黙る。

ある者が到着する。地上では、彼女は、同情者たちからは残念がられ、冷酷な者たちからは嘲笑されていた。そこでは、彼女の割り当て分は格下の地位と苦役、欠乏と犠牲であり、人生からの贈り物はほとんどなく不十分なものであった。が、彼女は勝利を得た。今や彼女は光輝に取り囲まれて前に進み出て、「光り輝く者たち」(Shining Ones)でさえ彼女の美によって眩惑させられる。

ある者が到着する。歪んだ顔と苦痛で破壊された不具者の肉体は置き去りにされてきた。親切で情愛のある魂はその拘束の中に閉じ込められて住んでいた。今や救い出されたその霊は大いなる「間」へと前に進み、妨げられることなく自由で、見るに素晴らしい。

ある者が到着する。「地上」(Earth)を飾った見事な肉体は地上に残り、空っぽの朽ち果てる物となる。むき出しの魂が「永久不滅の間」(Everlasting Hall)に入る。それは醜く変形しており、それと相性の良い親和性のある場所である寛大なる闇にのみ適合して住む、形の崩れたものである。

ある者が到着する。善良も邪悪も秤上で重くのしかかることが無い。差引は真っすぐを保つ。その魂は「光の領域」(Region of Light)と「暗黒の領域」(Region of Darkness)の間にある薄明りの境界地へと立ち去る。

おお 注1、「偉大なる永久不変の主たち」(Great Lords of Eternity)よ、私と共にかつて肉を纏って存在した者たちよ、負担がかかり過ぎて愁いを帯びた心から迸る言葉を聞かれなさるな。というのも、あえて「全ての偉大なる神」(Great God of All)を頼みとする、霊に邪悪さも弱みも無い私は誰なのか?私は自分の心を「秘密の文書」(Secret Writings)の知識で満たしたが、それでもなお私は審判を恐れます。それ故に、「偉大なる永久不変の主たち」(Great Lords of Eternity)よ、私は、私と共にかつて地上を歩き、それ故に人間たちの欠点や弱点を理解しているあなた方を頼みとします。

私は地上的な物事を伴った私の地位にて弱くはない。が、「偉大なる存在たち」(Great Beings)の横では、私は弱い。私もまた、「永久不変なる館」(Eternal Mansions)の壮麗さの価値が常にあるでしょうか?おお、その性質は理解を超越している「偉大なる存在たち」(Great Beings)よ、まさに「永久不変なる知恵」(Eternal Wisdom)の火花を私に認められよ。その火花が私の魂を照らし、不死なる生命の炎を灯すように。

自分の理解を超越した物事の存在を知っている人間の運命づけられた宿命とは何か?私は知っているが、知らない。それ故に、私は狼狽している。人間は河岸へ向かう流れに逆らって泳ぐことが出来るが、その格闘で疲弊しきった時に彼を岸へ戻す助けとなる手が必要である。

次の事が人間の宿命である。人は自分が得ることが出来ない事物の為に奮闘しなければならない。人は証明することが出来ない事を信じなければならない。人は発見することが出来ない事物を探し求めなければならない。人は自分の目的地を知らずに旅路を行かなければならない。この様にあってのみ、人生の目的が成就されるのである。

人は自分がその運命を知っていると信じることが出来る。が、人は、他の如何なる方法によっても自分はその運命を成就することが出来ないかを、確信をもって断言することは出来ない。この様にしてのみ、人の魂は正しく覚醒し、その全ての可能性をもって花開くことが出来る。次の事のみ、人は知ることが出来る:全ての人間の人生の目的は、非常に荘厳なる目標であり、全ての地上的な理解を超越するものである。

我々は自分らの個別の目標を望む時に視覚化することが出来る。そのような自由を我々は有するということが定められている。どれだけ近くあるいはどれだけ遠く実際から離れているかというのは殆ど取るに足らない。何が実際から離れているのかが重要である。存在もしない目的地を求める者は、それにも関わらず、どこかへと到達する。全く何も求めない者はどこにも到達しない。地上的な人生は、(各個の目標を)達成すること無しに、それ自体を満たす。


脚注

注1:原語は"0"(数字のゼロ)。数字は意味が無いから、"O"(大文字のオー)であろう。

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