第九章 アサルア

アンチェティは、ほんの娘の時期に達したばかりのフォルマナの娘たちと共に残されていたのだが、その娘たちはわがままで激しく彼をうるさがらせたので、彼は、顎鬚の無い若者でありそのような事に通暁していないので、孤独な場所を求めた。

彼らの住処の向こう側の場所には、川があり、森から離れた丘陵の斜面から、小さな小川が流れてきてその川に合流していた。その小川の上流には、尽きることない真水の流れによって供給される小さな湖が見出される谷があった。ここ、編み枝の家に、アサルア(Asarua)という名の乙女が住んでいて、彼女はその母、賢い女性で盲目であるマムア(Mamuah)と共に生活していた。

その若い女性はかろうじて娘の時期に達していて、食物を求めてくまなく探したり、地面を掘ったりはしなかった。彼女は木々の果樹園に住んでいて、彼女の仕事道具は刈り込み鎌とナイフであった。彼女の日々は楽しい仕事のうちに過ごされ、彼女の唇には常に歌があった。彼女は木々の間で楽しそうに働き、木々の根元の周りの土を耕し、育ち過ぎの枝を切り取り、雑草を引き抜いた。彼女は接ぎ木の技術を知っており、果物は元の種類とは異なる木々で成長した。彼女はブドウの木を育て、その果実はワインの為に使われたのではなく、彼女はブドウの枝をあずまやや木々の枝に巻き付かせた。

その女性はアサルアの父の庇護の元に住んでいたのだが、アサルアの母は父の世帯ではなかった。というのも、彼は強大な者ではあるが、一風変わった王だったからである。彼女らが住む場所は周囲に囲いを巡らされ、7匹の黄褐色の皮で胴の長い獰猛な猟犬によって見張られていた。その乙女は従順で、乳房が突き出ており、背が高く優美で、頬は赤く皮膚は明るかった。彼女のただ一つの衣服は地味に編まれており飾り気がなかった。というのも、彼女には女性が自分自身を飾り立てるすべての物事を欠いていたからである。彼女の頭上には、葉っぱを編んだ花冠を身に着けており、彼女の唯一の飾りは花であった。彼女は内気で、一瞥を抑止されていた。それにもかかわらず、彼女は気付かれないわけでなかった。というのも、彼女が住む場所の外側から男たちの視線が彼女に降り注いだからであった。男たちはその場所には入らなかった。というのも、男たちにとって、そこは彼らが侵入することを躊躇する聖なる園であったからである。

ある日、一人の狩人が傍を通り、アサルアの美しさとしとやかさに魅了された。彼は彼女が提示しないではいられない物、見事な果実、緑色に成長する香草、彼女の抱えるものに、彼が厳しい狩猟からの一休みを見出すことが出来る豊饒な庭園についてもまた思いを馳せた。彼は彼女の関心を引き付けるため、弓を背中に槍を手にして狩猟の如く装ってやって来た。彼は、彼女の足元に差し出すために二匹の野生のガチョウと若い子ブタを彼と共に持って来たが、彼の足取りが囲いの内側へもたらされると、猟犬が彼をめがけて解き放たれた。その狩人は、自分が歓迎されていないのを見ると、自分自身と相談して考えた。「もしかすると、彼女の目に私は野暮ったく見えるのであるならば、羊飼いである私の兄弟は彼女の目により良いであろう。」

それ故に、その羊飼いがやって来て、囲いの外側の芝生に座って、笛からの音楽で彼女の関心を引き付けようとしたが、彼女はまったく彼を気に留めることはなかった。それでも彼は、笛の演奏で疲れ果てるまでそこに残り、彼女は叫んだ。「行きなさい。一日中座って風を吹く者と共に、私は一体何を求めるのか?立ち去って、流れる水から音楽を学びなさい。」

その後しばらくの間、他の者たちがやって来た。その中には一人の商人、金持ちの男であり、そして穀物畑やブドウ園の領主である男が居た。彼女の美しさに関する言葉は彼の下にもたらされたが、彼は彼女への近づき難さによって挑まれた。それで、彼は考えた。「もし実際に人々が言うとおりなのであるならば、私は独り占めしてこの女性を得たいと願う。私は女性の心を喜ばせるあらゆる物を十分に与えることができるような金持ちなのではないのか?」そこで、彼はブロンズのブローチを着けた緋色のマントを着こんでやって来た。彼は銀のバックルと紅玉髄や金の装飾品を身に着けていた。彼はなめらかな、良く滑るような舌を持っており、洗練された言葉の宝庫の持ち主であった。彼は付き人たちと共にやってきて、その付き人たちは囲いの外側に座っていた他の者たちを追い払った。その商人は大胆に囲いの門を通ってやって来たのだが、アサルアは彼と会った。彼が飾り立てた言葉で彼女の関心を引こうとしたとき、彼女は言った。「金や財宝以外に、貴方は何を私へ提供することができるのですか?そんな感情を持たない物が私の心を捕らえることができると貴方はお考えですか?私は、父の世帯の中に縛られて、女性として買われていくものなのでしょうか?私は、貴女が知っているたくさんの女性たちのうちに数えられるもう一人の女となるのでしょうか?貴方の心の中の片隅を占有するだけでしょう、おお、恋多き男よ。」そこで、彼は彼女に激怒したが、彼女は無視し、猟犬たちが、例え貴族らしい者であっても、彼を追い払った。というのも、この土地は神聖だからである。

ある日、それほど日を置かずに、若いアンチェティがその道をやって来た。そこを通った時、彼は乙女アサルアを見たが、女性慣れしていかったので、彼は会話することをためらった。にもかかわらず、彼もまた、彼女の美しさと乙女の振る舞いに打たれた。

その道を再び通って、アンチェティはその場所で立ち止まり、年老いた女性が木の下に座っていたのを見て、彼は彼女に言った。「お母さん、いくらかの水をいただけませんでしょうか?というのも、私は旅故に喉が渇いているのです。」その女性は返答した。「倅や、この場所の反対側の下に豊富に水があるよ。若い者の耳は聞くべきことであるが、私は盲目であり、見ることができない。私もまた喉が渇いており、それ故に、貴方はそこへ入っていって、滝の下の滝つぼから、冷たい水を私に持ってきていただけないかのう。」

それで、アンチェティはそこへ入って行って水を飲み、その女性に水を渡した。アサルアは遠くから彼を見つけたとはいえ、彼女は近づくことはなかった。が、猟犬たちを彼に近づけることも許さなかった。

ハーマネターは彼の不思議な旅から戻って来たが、アンチェティが静かで言葉少なげな様子で、彼の思考が彼の中に無いのを見て戸惑った。それで、ハーマネターは彼に尋ねた。「何故に貴方は調子が悪いのか?何が貴方を苦しめるのか?」それから、アンチェティが自分が見た乙女について彼に話すと、ハーマネターは言った。「これは扱いにくい問題であり、男の激しい駆け引きのためのものではない。その小鹿は、狩猟中の猟犬を見て逃走するのではあるまいか?男性が触るとその花びらを閉じてしまうその夕顔の花は、女性が触ると花開く。貴方の心は、慎重さに相談した時、貴方を正しく導いた。というのも、知恵による助けが無いならば、この類稀なる美の鳥を捕まえるには、貴方は準備不足であるからだ。女性の用事に為に、我々は女性を遣いにやろう。ナイチンゲールはフクロウのいる所では歌うが、タカが近くでねぐらに着く時には静かに隠れているものだ。」

その後、ハーマネターは、フォルマナの娘たちの世話をしてきた女である女中と話をし、その女中は彼が彼女に話した事をするのを承諾した。この様にして、翌日、彼女は随行者なしで出て行き、アサルアが住んでいるところまでやって来て、門の外に座った。その乙女の視線がついに彼女に向かうと、アサルアは腰の曲がった老女が疲れ切っていて旅で汚れているのを見た。そして、親切心から、というのも、アサルアは生来優しく憐れみ深いので、その老女が木の影の下に座り休憩し、いくらかのフルーツを食べることができるように、アサルアはその老女を引き入れた。

その女中が影で休んで元気を回復した後、彼女はアサルアに話して言った。「貴女の果樹園はなんとりっぱなのでしょう。なんとよく水がやられていることでしょう。なんて元気にそのたくさんの果実を結び続けるのでしょう。私はこの場所についてたくさん話しを聞いてきましたが、貴女と貴女の美しさについてはもっと聞いてきました。しかし、男性のどのような言葉であっても、私自身の目で見たものに対して本当の価値を認めることはないでしょう。」

アサルアは言った。「男性たちの言葉は、たいてい彼らの心の考えと違っていて、おだてる言葉は上手に配置した罠の上の餌なのです。我々は男性たちや彼らの企みのことを話すのはやめて、もっと楽しい事を話しましょう。来てください。我々は果樹園を歩き回りましょう。」

彼らは歩いてギョリュウの木が生育している場所へやって来た。そして、そのギョリュウの周囲には、多数のブドウの実の房をつけているブドウの木が絡み合っていた。その年を取った女中は言った。「この木を御覧なさい。ブドウの木の為にならなかったのであるならば、それには何の価値があったでしょうか?薪として以外の価値が少しでもあったでしょうか?また、その木が纏いつく、そのブドウの木についてはどうでしょう。それは地面に散らばり、泥の中に敷かれて誰か通行人によって足の下で押しつぶされてしまったのではないでしょうか?ブドウの木は自分自身を持ち上げることが出来ない、どうすることも出来ない物となり、如何なる果実も実らせることのない不毛な匍匐植物となったことでしょう。それ故、それらの木々の組み合わせからどのような利益が得られるのかを見て、知恵をお学びなさい。その木は男性が名付けられたように名付けられ、ブドウの木は女性が名付けられたように名付けられているのではなかろうか?我々老人はそのような事から教訓を悟り、それらから学ぶことのうちに知恵を得ているのです。若い人たちはいつも、常に彼らの目に開かれている本から、自分のために読み取ることでさえ嫌がっている。」

アサルアは聞いていたが、言葉少なく、彼らが歩いて行くにつれ、その女中は、彼女が子守をしてきたフォルマナの若い娘たちについて話し、更に男性と女性のやり方について話した。彼女は女性が話すように話しをし、彼女の舌は曲がりくねった道を辿った。男性の話し方は矢の如く口から出て来るが、女性の話し方は煙のひと吹きのように口から出てくる。男性は着飾らない言い回しで話すが、女性の口からの言葉はベールに覆われていて遠まわしだ。女性の言い回しは絹の鞘に納まった剣だ。価値のない事のために、女性が二枚舌と呼ばれることはない。

恐らく、これらの言葉はサロス(Thalos)の時代に追加された。というのも、全ての男性が女性についてこの様に考えるわけではないからである。

その女中は無尽蔵な言葉を繰り出し、アサルアは、答えるべき言葉を何も見つけることができないので、彼女の後ろについて彼女が話すことを聞いた。このように話しながら、彼女らはアサルアの母が食事の用意をしている小さな居所へとたどり着いた。アサルアはその女中を彼女らと一緒に食事し、その夜はそこで就寝するよう招いた。その女中は喜んで受諾した。

食後、その女中はアサルアの母マムアと話した。その話しの内容は、その娘たちは美しいが結婚を拒否する不運な女性たちについてであった。その娘たちは結婚に関する良い助言に対してさえ耳を閉ざした。そのような女性が真の女性であろうと異常な女性であろうと、葬られた言葉が多かった一方、問題となった言葉はほとんどなかったが、そのような話に対してその耳が閉じていないマムアにおいては、後者の言葉は失われることはなく、彼女の心に入って行った。その女中が、若者にも関わらず賢いアンチェティ(Ancheti)について話す時、マムアは傾聴した。彼はまだ知恵の泉より深く飲み込んできてはいないが、それでもなお彼が知恵を飲む泉は決して枯れることがない。「賢くおなりなされ。」その女中は言った。「この若者をお選びなされ。というのも、確実に、彼よりも良い者はこのようにしてやっては来ないでしょう。彼は責務の場所から横道へ逸れることはない。彼は物事において怠惰ではないし、彼は日々を無益な楽しみに浪費することもない。彼は女性から女性へと目移りすることはないし、それが彼の年齢によって事実であったとしても、それでもなお彼は尊敬の念をもって女性について話し、それは姦淫の芽が出かけた者のやり方ではない。彼は男らしく、王族の血を引いており、何にも増して、賢い指導者である故に、彼は賢い。彼は良い見込みがある若者であり、彼の愛を軽々しく与えることはないでしょう。」

アサルアの母は両耳でその女中の言葉を聞いた。そして、その女中が出発する時に言った。「新月の時にここへ再びお越しくだされ。我々がこの件について更に話が出来るように。」アンチェティはその場所を再び訪れた。そして、その女中が新月の時に戻ってくると、マムアは言った。「良いでしょう、私の娘は若者アンチェティと結婚することになりましょう。しかし、最初に、彼は今現在彼が仕えている場所で一年間待たなければならない。それから、彼はこの場所で一年間働かなければならない。その後で、彼は私の祝福を受けてアサルアと結婚しても良い。」この条件はアンチェティの目に良いものと映り、彼はアサルアと結婚するために2年間働くこととなったのである。

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