第七章 ヤドルの死

ハーマネターは、ハマナス(Hamanas)の西側全土の統治者であるアヌキス(Anukis)の娘であるアストメス(Astmeth)と結婚した。アストメスの母は、ケラミ(Kerami)の王子であるハフダ(Hahuda)の娘であるネフォロブタマ(Neforobtama)であった。当時は、北部全土の王であり、常夜の地域さえ支配したサムシュ(Samshu)の娘であるデイディー(Daydee)が、ハマナスの東側全土を支配し、すべての女性たちの間で、彼女が最も美しかった。

さて、時が過ぎ去って、ハーマネターは金持ちになり杉の木の大きな家を建て、たくさんの召使と愛人を抱えた。これらの事において、彼の隆盛の日々にあって、彼はニンタース(Nintursu)の教えを忘れ、「偉大なる鍵」(the Great Key)は隠し置かれた。というのも、彼の約束の日の時代は世俗的な事で満たされていたからである。

ハーマネターの麦畑の監督者は、ロザ(Loza)の男であるノーマン(Noaman)であったが、彼の言葉は裸の砂 注1 程も価値が無かった。というのも、彼は計量を偽っていたからである。それ故に、彼より指が切り取られ、彼はハーマネターの所有地から追放され、一人のサビター(Sabitur)の召使となった。このサビターはミリクム(Milikum)への道の途上に住んでおり、そこはデイディーが支配していたキシム(Kithim)の街の外にあり、デイディーは偉大な女王であった。

人々がキシムとロダー(Lodar)へ売買に来た頃には、新しく挽いた麦が「ヤハナの雄牛」(Bull of Yahana)へ捧げられた時の祝宴の前、ハーマネターは租税を支払うためにキシムの街へ出かけた。

さて、王ギラミショア(Gilamishoar)が陶器の箱の中に隠されたものの為に死んだ。そして、新しい王は、神々と共にどの位置に立っているのかを知りたいと願い、彼の前で杉の木の束を振る賢者らを呼びにやった。

賢者らは、王が決して女王と口論することなく、子供を殺さない条件のもとに、王が偉大さと繁栄の内に支配する運命にあることが分かった。それ故に、その王はデイディーとの和平を強化することが賢明であるとみなし、彼の息子をたくさんの贈り物を携えさせて使いへ遣った。

その王子は数日間旅をし、キシムからの一日の旅を一軒の宿屋にて終え、そこで夕食を取った。そして、彼が食事をしている間に、誰かが彼と話しをしたいと言っているという言葉がもたらされた。それはノーマンであった。彼はハーマネターに関する偏見に満ちた話しをしたので、これらのことは女王の耳へと入れるべきものであった。かくして、ハーマネターがキシムの街へ入った時、彼は捕らえられ、女王の前へと連れていかれた。しかし、彼女が彼と会い、話をすると、デイディーは彼に何の咎もないことを見出し、彼を好意をもって見つめた。それ故に、王子が出発したにも関わらず、ハーマネターは女王デイディーの宮廷で戯れた。

時が過ぎ、ハーマネターは足しげく宮廷に通い、彼はよく目にかけてもらったが、その土地の周りで争いが起こった。というのも、「神々の母」(Mother of Gods)が「神々の父」(Father of Gods)と争ったからである。その頃は大混乱の時であり、兄弟の手が他の兄弟に対抗し、その間中、ハーマネターは女王の尊重の中で出世した。それで、ハーマネターとデイディーの息子が生まれることとなった。周囲の国土が戦争によって荒廃していく中、キシムには平和があった。が、ハーマネターとデイディーの息子がかろうじて1歳となった時、戦争の知らせを帯びて男たちがやってきて、王の軍勢が集められ、市場にて大声で呼ばわった。

「死の準備をせよ。というのも、ハンバラ(Humbala)よりも強大なる者たちが我々の上にあるのだ。如何なる者も炎の穴より容赦されるものはいないであろう。老いた男も女も子供らも。」とういのも、やって来たのは、「蛇のギズサッドの子ら」(The Children of Githesad the Serpent)、「狡猾なる者」(the Cunning One)であり、その母は人間の種族に穢れをもたらしたものたちの一つであった。こういった人々は正義も慈悲も知らなかった。

僧侶や人々は山へ登ってヤハナの洞穴の前に集まった。彼らは救いたまえと叫び、弱さに圧倒され、彼らの歯は震え、彼らの膝は弱くなった。しかし、デイディーは街に残り、彼女はハーマネターを彼女の軍隊の頭領に指名し、そして彼は命令を下した。武器工は武器づくりに従事させられ、柳の木の槍や投げ斧を作成した。ハーマネターは、その父を放棄したために奴隷となっていたタートゥン(Turten)を解放し、射手を命じた。というのも、タートゥンは力のある男であり、誉れ高い射手であったからである。

人々が「天」の雄牛のために恐れおののいている時に、「ギズサッドの子ら」の軍勢は平野に集まり、夜には、彼らの野営のともしびは星の数程であった。ハーマネターの男たちは彼らに対峙して野営し、彼が夜明けの光の中で女王デイディーの軍勢を進軍させた時、人殺したちは対峙した。射手タートゥンは戦闘長とされ、デイディー軍の前に進み出でて、敵と対峙するものたちがどのような隊列をとっているかを見た。彼は戻ると、ハーマネターに次のように言った。「ご覧ください、わが主よ、卓越しているのは「ギズサッドの子ら」の軍であり、戦隊をうまく配置しています。御覧なさい、長い四肢の槍兵、人々の間で広く知れ渡った「剛力のカミ」(Kami the Mighty)が彼らを導いています。遠くまで届く矢が彼らの前に立つ高い盾の背後から繰り出される、力強い射手をご覧ください。ホーメス(Hoames)はこの人々に教えるために、何を失敗したのか?御覧なさい。しっかりした軍旗のアクニム(Aknim)によって導かれる、彼らと共にいるフシジェン(Husigen)の軍を。彼らの左に常に強力なマードゥカ(Marduka)の槍兵がいるのを見てください。彼らはしっかりと横隊を作っています。彼らは爪の先端のようであり、いつでも我が方に突き刺すことができます。見てください。既に雄牛の角笛が取り囲む前線へと展開しています。投石戦士たちは既に我が方の前線の戦士たちを悩ませ、射手は両手から我々を刺しています。」

「それでも、我々は気を取り直しましょう。我々自身のうちに、その命の血を貴方に捧げる用意のできた多数の力強い男たちがいるのではありませんか?彼らは皆、あらゆる種類の武具に身を包み、戦の名手なのではありませんか?遠方へ投げる投石戦士、鋭い眼をした射手、炎の揺らめく武器を持つ背の高いルガル(Lugal)がおります。ですが、我々の軍勢は数えることが出来ますが、我々に立ち向かう者たちの軍勢の数は、砂のように無数であります。」

それから、ハーマネターは声を張り上げて、交戦を待つために強固な足元で列を作り、交戦前に元気づけるよう戦士たちに呼びかけた。彼は言った。「各自の役割を考え、突撃にはひるむな。戦いにおいて後退することは、男らしさから後退することだ。逃亡することは、現下や来るべき日の貴殿らの不面目を告げるものであり、光栄ある男には面汚しの不名誉は、死そのものよりも忌むべきものだ。もし、貴殿らの誰かが逃げるのであるならば、退くことのない忠実な者が貴殿らは恐怖を通して戦闘から逃げたというであろう。そして、貴殿らの支援に頼っていた戦友らは貴殿らの名前を嘲笑するであろう。血の戦場で我々と対峙する者たちは、貴殿らを侮辱と嘲笑でもって話すであろう。彼らは貴殿らの勇気をあざける。真の男にとっては、それ以上恥ずべき運命はありえない。」

その後、臆病な者たちを励ますために、ハーマネターは大きな雷のような雄叫びを上げた。その声は10頭の雄牛の咆哮のごとく響き渡った。それから、彼は盾の同伴者に、遠くまで響く戦闘の角笛をふかせた。この後、戦争の太鼓の轟く打音が続き、ガシャガシャと鳴り響くシンバルの音や、大きな甲高いラッパの音や、この轟音と共に一層大きな音のラッパが上空を満たした。

力強い弓のタートゥンと輝く武器のルガルは、彼らの部下を戦闘に参入させるよう準備をした。両軍は近づき、矢や投石の飛来が始まり、投槍の飛来がこれに続いた。

「天」と「地」は恐ろしい戦闘の叫び声や戦争の角笛の喧騒の元に震撼し、勇敢な戦士の心さえ自分自身を駆り立てる前に身震いした。が、ハーマネターと共にいる者たちは足を踏ん張り、戦闘に熱心で、次のように言った。「我々は、連中の凶悪な王の悪意を実行するために、猛烈に闘志満々でかかってくる者どもを強打しよう。」

さて、私アンチェティ(Ancheti)は、投石戦士たちの壁の後ろに立ち、私の四肢は震え、私の口は乾燥し、私の舌は水を切望した。私の頭皮は恐怖によって動き、私の手は湿気のおかげで握力を失った。私の心臓は狼狽してドキドキと打ち、私は目前に赤い霧を見た。というのも、これは私の最初の戦闘であり、私は若造に過ぎないからである。

私の傍に、野生の優しい男ヤドルが立っており、彼は言った。「もし勝利が認められているとしても、私は勝利に何の喜びも見いだせない。私は他の人の上で支配することができるどんな王国なども欲しくない。私のような者の楽しみとはどのようなものであろうか?何のために、人々は殺し合うのか?どの男が略奪品や喜びを求め、どの男が人生の楽しみを求めるのか?我々に対峙して、彼らを導いた者たちが悪であるとしても、生きる血肉の男らが、母や妻を持つ男たちが、子供らを持つ男たちが、善良なる男たちが立っている。これらの善良な男たちを、私は殺すことを望まないし、私自身が殺されるほうが良いであろう。この手で私は人を殺したくない。3つの圏の王国の為にさえ、私は殺さないであろうし、地上の王国においては一層そうだ。我々に対峙する者たちがすべて悪人であるとすれば、彼らを殺すのは恐らく良い行いであろう。しかし、戦闘においては、善人が善人を殺し、悪人どもは盾の後ろで安全に生き残るのである。」

「我々は、我々自身の似姿につくられた人々を、我々の兄弟分を殺すことができようか?これから、我々の心の中で、どのような平穏を楽しむことができようか?そういった記憶が我々の心を重くし、人生が耐え難い重荷となるのではなかろうか?この大軍隊の間で、掠奪を望む貪欲さに征服されて人殺しに何の悪も見出すことがない者たちが例えいたとしても、この恐ろしい流血の行いから我々の打撃を差し控えないであろうか?」

「おお、破滅の暗黒よ、おお、悲しみの日よ、どのような邪悪が支配者の心を動かして、財宝を得るために何千もの人々を殺し、地上的な王国の支配することを成さんとするのか?この流血の地で我々は何をするのか、我々、平和と善意の人々は?私は非武装で立っているほうがずっと良いであろう。私の胸はむき出して防御せず、彼らに私を殺さて、私が自身の潔白な血の中に横たわることができるように。」合戦の時が近づくと、ヤドルはこの様に話したが、私、アンチェティだけが彼の言葉を聞いていた。

その後、敵の突進と突き刺しが我々に降りかかり、私は傍にいたもう一人、赤く染まった剣を手にしてその場にいた我が叔父ハーマネターの声を聞いた。敵の突進は後ずさりし、その小康状態の中、ハーマネターは彼の放浪の仲間であるヤドルの傍に立ち、憐れみの念をもってヤドルの肩に手を置いていた。というのも、ヤドルは恐怖に動じない男であり、アンチェティよりも勇気がある男だからである。血まみれの陣中にあって、臆病な心の者たちは平和と善意の男たちから引き離されていた。

敵はまばらになった隊列で再び押し寄せ、まるで浜辺に打ち寄せる波のようにやって来た。彼らは切り込んできて、緩慢に、ぐずぐずと後ずさりして、ただ音をたてて再び同じ形となるだけであった。敵がやって来た時、注2 私はハーマネターが口を開いて叫び声をあげるのを聞いた。「奴らはまだ再びやってくる。奴らは我々を覆ってる。立ち上がり奴らを迎え撃て。この流血の陣中より男のように立ち上がれ。というのも、今日は英雄たちの日だからである。これは最後の試金石だ。これは最後の力の試練だ。過去へと放つ最後の奮闘だ。なぜこの気の抜けたそのすべての抵抗が男らしいといえるのか?強い男は、戦闘と死に面して、その心の内において自暴自棄となることはない。そういった心は地上における勝利も天界における平和をも得ることができない。貴方がたがやってきたように踏ん張って立ち、すべてを前線の前に運ぶ旋風のように戦闘へと立ち上がれ。我々はただの人間であり、神々やそのやり方の理由を知るところの者ではない。私は忠誠と名誉を動機として戦い、私は敵の勝利または我々の勝利のいずれが「神」の真の理由のために最良であるのかを知らない。が、私は戦う。来い、戦闘へと自分を駆り立てよ。」

その後、軍隊の生き残った者たちが武器の衝突の内にあい見えた。残虐な武器がもう一方に対してぶつかり、強打が、そして反撃の強打が放たれた。死の鈍い叫び声、痛みに伴う金切り声、甲高い勝利の叫び声、疲れ切った肉体の最後の奮闘、喉の乾いた声の最後の叫びがあった。ハーマネターの男たちは戦線においてしっかりと立ち、彼らを打ちのめそうとする者たちの軍隊は海辺の波のように砕け散り、もう立ち向かってくることはなかった。ハーマネターは血まみれで立ち、勝利の喜びの内に誇らしげであったが、その時は一瞬のうちに過ぎて、彼はヤドルが死者や致命傷を負っているがまだ死んではいない死にそうな者たちの間に横たわっているのを見た。ヤドルはアンチェティに向けられた槍の一撃をその身に引き受けたのであった。

ハーマネターは彼を持ち上げ、その膝をヤドルの頭の下にし、ヤドルは彼の口を開いて言った。「「偉大なる者」(The Great One)が貴方に勝利を与え、そして貴方の為に、勝利の背後とその向こうに、私は偉大なる運命を見ていて、それ故にそれは困難なものとなるであろう。塞ぎ込みなさるな。あるいは貴方の霊を悲嘆に暮れさせ、私ゆえの悲しみをもって重荷を負いなさるな。嘆きなさるな。というのも、これは、私は知っているのだが、他人を殺すことが出来ると思っている者や、他の者によって殺されると思っている者は、教え導く真実が欠けているのである。人の霊は、剣によって滅びることはなく、死によって打ちのめされることもない。」

「戦争の鋭い武器は霊を傷つけることはできないし、炎が霊を燃やすこともできない。水が霊を溺れさせることはできないし、土で霊を埋めることもできない。私の霊は、鋭い剣の力の向こう側の、突き刺す槍の届かぬ向こう側の、素早い矢の届く範囲の向こう側の、その住処へと旅立つ。さて、面と向かってあるべきがままに、変わることができないままに、面と向かって運命の最後の言葉をもって、悲しむのはやめられよ。」

「人生と呼ばれるこの過ぎ行くものは何なのか?ここ流血の場でその真のはかなさの中に見える、かくも手厚く大事に育てられたこのもろい花は。それには何か本当の意味があるのか?ここ流血の場において、死者は栄光へと目覚めるために眠るのだ。生き残って勝利を得た者たちに対しては、地上的な栄光がある。それ故に、死にゆく者たちと共にここでぐずぐずしていてはならない。立ち上がり、貴方の正当な報酬へと向かい、私のものとして私を寝かせておいて欲しい。私の為に恐れてはならない。既に私はベールの先にある歓迎の光を見ている。我々は再び会うであろう。」

かくして、ヤドルは地上より去り、彼は栄光の内に永眠についた。彼は丘や木々の間に、彼の友であった野鳥や野獣たちの間に眠っている。次のような言葉が彼の墓に刻まれている。「彼は平和の人であり、他の人たちが彼のようにならないために死んだ。」


脚注

注1:原文は"obal of sand"。"obal"が研究者Reader's Plusに載っていない。Obal meaning | Obal etymologyによると、"strip off"という意味で使われていたことがあるそうなのだが、苦し紛れに訳出して「裸の砂」とした。あまり意味が良くわかりませんねぇ、この例え方は。

注2:原文は"As they cam"。camは全く意味を成さない。cameと理解して訳出する。また、この直後の文は、時制の一致の原則を守っておらず、過去形とすべきが現在形となっているので、それも過去形にて訳出する。

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