第五章 ハーマネターの誕生

ハノック(Hanok)は彼の母による3人の兄弟たちと、サダラ(Sadara)による1人の兄弟がいて、そのうちの二人はその巨大な船に乗って彼と共にあって、一人はメギン(Megin)において救われた。ハノックはボカ(Bokah)のすべての領域を支配し、そして彼の息子たち、ラベス(Labeth)とハタナ(Hatana)が、その巨大な船がしっかりと陸に着いた後、ナシラ(Nasira)にて生まれた。

彼の兄弟たちは水に洗い流された土地を彼らの間で分け合った。一人はターダナ(Tirdana)へ行き、そこで街を築いて、西の海を支配した。一人は東の海と海の領域へと至る沼沢地を支配した。もう一人は彼らの間の真ん中にエラカ(Eraka)を起こし、彼が一番際立っていた。エラカの街は千年に渡り存立したが、王ナデラサ(Naderasa)の時代に、人々は黄金の顔と真鍮の体を持つ巨大な偶像を作成した。邪悪さのうちに孕まれたこれらの悪鬼たちへ、子供たちが供えられた。そこで、「神」は激怒のうちに風を解放し、彼らは旋風のように街から一掃された。黄金の顔の偶像は一方から他方へ対して投げつけられて破壊され、それらは倒れてその寺院の下へ埋められた。エラカはその後、人間たちの目から除かれることとなった。

すべての街が再建され、王たちは死んだ。冶金を教えたルガデュア(Lugadur)が生まれた時、人々は大いに増加していた。彼は最も強大な王であり、彼の偉業はすべての人に知られており、彼の書物にも書かれている。

ハンカダー(Hankadah)と呼ばれた我らの先祖ハーマネター(Hurmanetar)の手によって、その地域に知恵がもたらされた。彼はエラカの元のハリブ(Khalib)の土地のエゲルメック(Egelmek)において、「寺院の乙女」(Maiden of the Temple)たるニンタース(Nintursu)の家に、「壁を建てる者」(Builder of Walls)ゲラミショーア(Gelamishoar)によって生まれた。ゲラミショーアは「冶金者」(Metalworker)ルガデュアの息子であり、ルガデュアは「羊飼い」(Shepherd)デュマス(Dumath)の息子であり、デュマスは「土を耕す者」(Tiller of the Soil)ギギタン(Gigitan)の息子であった。

ハーマネターの母が心の痛みを抱えて身ごもっていた頃、彼の父である王は夢を見た。彼はひとりの女性を見、彼女とたった今寝たばかりであると知っていたが、彼女の顔をはっきりと見ることができなかった。というのも、その顔をほぼ認識しようとするといつも、その姿は他のものに変化してしまったからである。その女性は、香の椀の上で自分自身の身を清めていて、そうしながら水をやっていた。すると、多量の煙の雲がが椀から立ち昇り、部屋のすべてを満たし、ドアを通って外部へと流れていき、街全体と街の寺院のすべてを覆った。

明くる夜、王は同じ夢によって当惑させられた。それ故に、彼は予兆を受け取ったと知ったので、彼は起床後、「占星術師の寺院」(Temple of the Stargazers)へと急使を派遣した。二人の賢者がやって来て、王は彼の夢について彼らに話して、彼らにその意味を解くように頼んだ。王の話しを聞いて、彼らはその後直ちに立ち去り、そのような事案に関して将来について何が書かれているかを見出すために、「天上の書」(Book of Heaven)を調べに出かけて行った。二日経って彼らは戻って来て、審判の間に座っている王に近づき、王の前で一礼して言った。「我々が言わねばならない事に対して、貴方のしもべたる我々への災いです。というのも、次のように書かれていたからです。貴方が掠奪した一人の女性のもとに一人の子が生まれ、彼は王たちを殺す者、寺院を破壊する者、神々と争う者となるでしょう。彼は人々の間で偉大なる者として生まれ、彼の手は貴方に歯向かうでしょう。」

これを聞いて、王は力づくで得た女たちを思い出した。しかし、彼女たちは数多くあちこちに散在している。それで、彼は再び賢者たちを呼びにやり、彼らの助力を請い、賢者たちは彼の言葉を受け取った。

さて、賢者たちは、これらの事はニンタースに生まれる一人の息子に関することとして書かれていたことを知っていたが、何をなすべきかが分からないので当惑していた。というのも、彼女はシスダ(Sisuda)の時代に建立された「七人の導かれた者たちの寺院の乙女」(Maiden of the Temple of the Seven Enlightened Ones)であったからである。もし、その地域の境界の中においてこのように生まれた者の血が流れたり、その息が止められるならば、穀物は耕地のうちで枯れ、花は木々から落下して何も果実を結ぶことがなくなるであろう。が、賢者たちは王がこの寺院に対して激怒をもたらすことに対して気が進まない訳ではなかった。というのも、その神がほんの小さな地所を所有しているにもかかわらず、その地域の神に対してなんの貢物も支払っていないからである。また、彼らはこうして王を欺きたいとは望まなかった。というのも、もし偶然によって欺瞞が暴露されたならば、彼らはその保護を失うことになったであろうから。

賢者たちは、それ故に、王の前へ進んで次のように言った。「おぉ、王よ。我らの命の光、我々、あなたのしもべたちは、いまだ生まれていないとはいえ、その子を発見しました。その子は「七人の導かれた者たちの寺院」に仕える乙女の子として生まれます。それ故に、その血は人の手によってもたらされて地面に流れてはならず、またその息を止めてはなりません。そこで今、我々は王に申し上げますのは、王のもっとも信頼する召使たちを使いにやって、その乙女を連れて遠く離れた場所へ運び去るのです。もしそこがこの国土の境界の外であるならば、子供が生まれた時、その子供をそこで殺すことが出来、我々の神の土地に何の害悪も降りかかることはないでしょう。」この言葉を聞いて、王は、狩りの間に入浴していた乙女と出くわしたので、彼女を楽しみのために我がものとしたことを思い出した。その寺院もその神も王に知られていたことはなく、彼はその僧侶たちを恐れることはなかった。

王は、最も信頼できる侍従を傍へ呼び、命じて言った。「行って、このニンタース、この寺院の乙女を連れて行き、こっそりと入ってキシス(Kithis)の土地へ運び出せ。彼女は身ごもっており、子供が生まれたら、その子を殺し、その血がキシスの地の土壌へかかるようにせよ。」

その侍従は準備して、人殺したちとその頭領を連れて出発した。彼らは進み、朝の夜明けと共にその寺院へ近づいた。ニンタースは連れ去られ、金銀の装飾品を残した。

さて、一行が領土の境界へとやって来たとき、ニンタースはその子供を産まなかったので、彼らはそこで野営し、明くる日々、男たちは外へ斥候へ行った。頭領は戦争に熟練した勇敢な男であり、多くの戦闘を経験していた。そしてニンタースはよくこの頭領と話しをした。が、彼女と侍従の間では、ほとんど会話はなかった。

ニンタースの時が彼女の上に降りかかり、子供が生まれて来る時が来た。それは満月の時であった。それ故に、子供を殺すことが出来ず、彼らは月が暗くなるまで待った。そして、物事の条理がしかるべくなった時、侍従は頭領を呼んで言った。「これは人殺しのための仕事であり、そして私はそのようなものではない。それ故に、貴方が子供を連れて、境界上で子供を殺す。七人の男たちが貴方と共に行く。彼らすべてがその行いを目撃して誓うことができるように。」

さて、人殺したちは戦闘の冷酷な男たちであり、柔らかいベッドや女性のやさしいやり方とは無縁であったが、彼らの内の何人かは、ニンタースの母たる最初の日々における話し相手であった。また、「七人の導かれた者たちの寺院」が王に従うすべての者たちから打ち捨てられる以前にその父が礼拝者であった者もいた。つぶやく者たちがおり、言った。「これは、甘い口調で話しをし、隠しナイフを所持して背中を刺すような高い地位にいる連中の仕事だ。戦闘員たちのためのものではない。」

その通りであった。これは、金属をガシャガシャと鳴らす男たちの仕事ではなかった。それは、気難しい腹の廷臣たちによりふさわしい行いであった。が、気骨に欠けているので、そういった連中は、彼らの策謀や陰謀を通じて引き起こされる汚らわしい仕事をするためにいつも他人の力を必要としてきた。主よ、もはや真の男たちが半人前の男たちによって操られることがない日が早くやってきますように!

頭領はニンタースによって用意されたバスケットへ子供を置いた。そのバスケットはロバの背に置かれた。そして、頭領と彼の部下たちは境界線を越えて木も草も生えていない場所へ行った。しかし、およそ10矢頃 注1 離れた所で下の谷の中の水場と牧草地まで小川が流れていた。彼らが止まると、頭領はそのバスケットを降ろして開いたが、その子供の顔をじっと見つめると、彼の心は彼の手の動きを止めさせた。彼は戦争において人を殺す戦士であり、戦闘における殺し屋であり、膝の弱い陰謀者でも子ども殺しでもない。彼はバスケットを閉じて、彼と共に来た部下たちへ言った。「我々はここで黄昏まで時間を待とう。もし我々がここでこの子供の血を流すならば、その血は死んだ土へと吸収されて無害である。が、もし子供を更に谷の下まで運ぶならば、その血は生きた土へと注ぐであろう。」彼と共にいる誰もが答えなかった。というのも、彼らは、血が水へと入り込まされることになるということを知らない単なる戦士に過ぎなかったからだ。あるいはもしかしたら、彼らは頭領の心境を察知していたのかもしれない。

頭領は言った。「今は暑い。下に住む連中が眠るまで、まだ十分時間がある。それ故に、我々はワインを飲み、しばらく休もう。」それで彼らは持参したワインを飲んで休んだ。眠気を催し、彼らはそのうち眠りに落ちた。闇の帳が降りた。

さて、ロバは朝からずっと何も食べていなかったし、小川で水も飲んでいなかった。そして人殺したちの頭領は時間を待っていた。というのも、彼には計画があり、この地は彼に知られた場所であったからである。暗闇が引き寄せられる中で、彼は子供を中にいれたバスケットをロバの背に置いておいた。そこは良い隠れ場所であった。覆いかぶさる岩の元、棘の藪に取り囲まれ、他方、下方には地面が急勾配で落ち込んでおり、斜面は岩や崩れそうな石で覆われている。ただ頭領のみが、暗闇の中、どのようにして大きな石が上方から放たれ、それと一緒に他の多数の石を道ずれにして、張り出しの下で横たわっている男たちの場所の周囲全体に落ちてきたのかを知っていた。彼らはワインで酔っており、叫び、つまずいて転んだ。一人は投げ矢で打たれ、他の者は槍に打たれた。暗闇の中を喧騒が沸き起こったが、誰も死ななかった。ロバは休息から放たれ、逃げていき、誰もそれを止めることはできなかった。

憤然として頭領は叫んだ。「どういう男たちを俺は預けられたのか?なぜおまえ達は我々の到着を知らせるためにトランペットを持ってこなかったのか?誰が茂みの間のロバを見、石の間のロバの声を聞くのか?」その後、夜分に、下の方に明かりが現れ、人々の声が聞こえたので、彼らは撤退した。

安全な場所にやって来て、男たちは彼らのうちで相談しあった。というわけは、彼らの頭領が言ったからである。「もしお前たちがこの夜の件で罰されないで済ませたいのであるならば、お前たちは今俺を殺さなければならない。その場合でも、お前たちは俺なしで戻ることができるのか?また、どこに血が流れるのかを誰が知っているのか?それ故に、俺自身の目では、俺はあの子の血を見たし、その死亡を知っているのだから、我々はすべてのことを話さないようにしようではあるまいか?我々は生きる知恵の男であるのか、それとも死すべき愚か者であるのか?」かくして、ロバの背に運ばれて、ハーマネターはキシスの地へやって来た。


脚注

注1:原文は"ten bowshots"。bowshotは弓が届く距離であり、日本語にすると矢頃(やごろ)となる。それが10単位。だいたい3000メートルとなる。

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