第三章 アトゥマの洪水

見よ、この事は我々の父の父、そしてそれ以前のその父の時代に書かれ、我々が貴方がた、未だ生まておらぬ時代の子らに渡すべきものとして我々に与えられたのではなかったのか?筆記者の能力が貴方がたとともに残っているならば、貴方がたの世代において読むことが出来るように。

読むが良い。おお、未だ生まれぬ時代の子らよ。そして、貴方がたの遺産である過去の知恵を吸収せよ。とても遠いが、「真実」(Truth)が非常に近くにあった時代である過去からの、貴方に対して教化する言葉である。

我々は永遠に生きると、我々は教えられた。そして、それは真実であるが、人生のどのような瞬間でさえ無駄にしてはならないというのも等しく真実である。というのも、地上での各時間、各日は、未来を形作るからである。我々は時間の一部分の承継者であり、我々は時間を無益な事に浪費することもできるし、我々の永久不変の利益の為に役立たせることもできる。我々の先祖の時代には、不毛な教えが人々の思考を滞らせ、空虚な形式的な儀式が人々の理解を曇らせる壁を築く前に、人々は「真実」の光の中を歩んでいた。当時は、人々は「一つなる神」(One God)だけが存在することを知っていたが、彼らのより高い能力が堕落して使用されなくなったので、彼らにはより不明瞭に見えていた。「神」は様々な様相で現れるので、人々は「神」が多数存在したと考えたのである。

さて、我々の時代には、「神」は人間の目には多くの変化した形式として見え、それぞれの形式は、その「神」の個別の表現注1 のみが「神」の真の名前と似姿を知っていることを表していた。ここで、すべての人間は、皆がそれぞれの理解に本当に従って話をしているにも関わらず、誤りに陥る。が、「真実」は人間の限られた理解に頭を垂れることは決してありえず、人間の理解力が発展してそれを掴まなければならないのである。

昔々、恐るべききしらせる歯や長く引き裂くつめを持った巨大な化け物や獣たち注2が恐ろしい姿で大量に生み出された。像などはそれらと比べたらただの猫同然であった。その後、天上界の反乱注3と大混乱、そして恐怖が人間の心を圧倒したので、「偉大なる者」(The Great One)は陸地の表面を固めてしまい、それは不安定となり、獣たちは石へと変化させられた。これは昔に起こったのであり、「破壊者」(Destroyer)注4がまだ天上の蒼穹の上の方でまどろんでいた頃のことである。

このように、ベルツェラ(Beltsera)の記録に書かれている。当時は、人々はよこしまであり、彼らの内の賢人たちが来るべき天罰についてのたくさん警告を与えたにも関わらず、そのような事がよこしまな人間のやりかたであったのだが、人々は聞き入れようとしなかった。それで、「懲罰の霊」(Chastening Spirit)が、地上から生じる邪悪な臭いの為に、彼らに対して掻き立てられるようになった。というのも、その鼻孔は邪悪な臭いを忌み嫌うからである。この臭いはどんな人間も知ることができないものである。というのも、猟犬が、人間が認知できない恐怖の臭いを知るように、他の存在が邪悪さの臭いを知ることができるからである。

この世の上なる大いなる水門がすべて開かれた。かくして、洪水の水が起こて国土を覆い、多量の暴風雨が打ち付けた。風はもはやその目的地を見出すことができなかった。

人々はシナラ(Shinara)の平原を去り、下の平地の上にそびえる大きな山へと逃げ延び、そこで、頂上付近で彼らは野営した。彼らは安全になったと感じて、よこしまな人々は茶化して言った。「どんな水もここまで到達することはない。というのも、天地に十分な水が存在しないからだ。」それにも関わらず、波打つ水は一層高く上昇し、よこしまな人々の口は押し黙った。人々の僧侶たちはむなしく踊って詠唱し、天罰を鎮めるためにあまたの儀式を執り行った。

静寂の時間がやって来た。その後、人々は天界へと通じる門を建てて、その中で「神のお告げの解釈者の長」(Chief of Interpreters)が「他の領域」(Other Realm)と交信できるようにした。彼は静寂のうちに入り、彼の霊を投影し、それが為されると彼の霊は、人間が他の名前によって呼ぶ「懲罰の霊」と接触した。彼女 注5 の声は彼の心の中に聞こえて言った。「私は人間の体から生じるいかなる香料も隠すことのできない邪悪な臭いによって引き起こされたところの存在である。というのも、腐敗の臭いが人間の鼻孔を悩ませるように、邪悪さはこの領域で我々を悩ませる何かを発するのである。弱さは、それ故に、我々に対する攻撃となるのである。もし人間が壁を越えて穢れた物を中庭へ投げ捨てるのであるならば、貴方がたはこれが敵意に基づく行為であるとは思わないであろうか?貴方がたのうちの誰かが貴方がた自身の感覚に対して無神経な者たちと一緒に仲良く暮らすことができるであろうか?かくして、私は人間の世界における出来事に対して目覚めさせられるのであり、実行している実体の衣を身に着けているのである。」

その「霊的存在」(Spiritbeing)は言った。「私は不当に人間を罰することを望んでいない。人々のところへ行って、もし彼らが彼らのやり方を全面的に改める意思があり、邪悪な道をもはや歩むつもりがないのであるならば私は立ち去る、ということを彼らに話しなさい。」しかし、「神のお告げの解釈者の長」が人々のもとへ戻ると、彼は彼らが恐れていて心を取り乱していて、不吉な神々への帰依者である偽りの僧侶らの手には粘土が塗られていた。その偽りの僧侶たちは彼らの神たちに捧げる犠牲を求めて呼びかけていて、他の誰よりも端麗な若者であり、町々の間を走る伝令であるアニス(Anis)を捕らえた。それから、人々はお互いにその行いについて恐ろしげに囁いているにも関わらず、人々は、「正しい知識を持つ者」(Enlightened One)であり、その生涯は「イラナ」(Illana)に捧げられた「エロマ」(Eloma)の侍女であるナヌア(Nanua)を捕らえた。というのも、彼女はその若い男が捕らえられた時に、人々の頭上に呪いの言葉をもって強く抗議したからである。

ナヌアとアニスは偽りの僧侶たちに縛りつけられ、二人の周りには大部分の人々が押し寄せた。そして、「神のお告げの解釈者の長」が声を張り上げたにも関わらず、顧みられることはなかった。その後、人々の集団は水際まで降りて行き、そこで彼らは留まり、僧侶たちは天上で暴れまわる神々への祈りを叫んだ。全天蓋が大きくうねる雲々で薄黒くなり、暴風が吹き、山頂の周りは稲光で覆われた。人々は自分の衣服を引き裂き、女たちは嘆き叫び、男たちは自分の前腕を打った。 注6 アニスは棍棒で打ち付けられ、水へと投げ入れられた。

それから、棍棒を振るった男がナヌアに向かった時、彼女は周りの者たちへ言った。「あるがままにせよ。私は自分から水へと向かう。というのも、私が犠牲とならなければならないのであるならば、そのように定められたより良い犠牲であるに違いないからだ。」そして、彼女は水へと降りて行った。しかし、彼女の足が水に浸かると、彼女は彼女の前の冷たく暗い水の深見から後ずさりした。しかし、棍棒で打ち付けた者、一人の若い男、「書記シェルアット」(Sheluat the Scribe)、静かなやり方の男、端麗でも体が強いわけでもないのだが、その彼が前へ進み、彼女を前へ押し、彼女の手を取って、彼女とともに水の中へと下って行った。

水位は高く上昇し、人間たちはその居場所を野生の獣や羊や牛たちと分け合ったが、混乱は静まり、水は後ずさりした。これを見て、人々は不吉な神々に対して称賛の声を叫び、絶叫した。「力強い神々は偉大なり、そして、神々の聖なる僧侶たちも!」

神のお告げの解釈者の長は悲嘆にくれてその場を離れて隠れた。というのも、今となっては、彼はその人生を気遣っていたからである。洪水の水が引いた時、彼はその霊を投げ出し、「懲罰の霊」との霊的交わりへと入って言った。「私もまた犠牲として水位の下がった水へ入りましょうか?というのも、私の人生には「神」や栄誉がないので、今や無益であるからです。」「偉大なる者」(The Great One)は答えた。「人間は出来事にて自分たちが見たいと望む物事を見るものだ。彼らは自分たちの理解力に従ってしか解釈することが出来ない。水位はその限界まで上昇し、不必要な犠牲の為に水位が落ちることがなかった。上なる「能天使」(Powers) 注7 は、人間を懲らしめる出来事を命じることができるが、よりしばしば、そのような出来事は挑戦や試練である。しかしながら、神聖な介入は実のところまれである。」

「これらの僧侶たちは、もう一つの、より長い道を辿っている。しかし、彼らもまた邪悪さを糾弾し、その道が遠回りであり危険が押し寄せるものであるにしろ、「真実」(Truth)への道を向いている。それゆえ、彼らまたは貴方のいずれが人々の耳に届くのかに関わらず、邪悪な臭いは減少するであろう。神聖な目的は種々の方法によって達成され、ほとんどの人間の目は、方法と目的のいずれであるかが見えるように開いてはない。」

「人生は決して無益なものではないが、貴方の犠牲は無益となるであろう。如何なる人間も彼の「神」を見失うことは出来ない。というのも、「神」は常にそこにいるからである。が、そのように威光のあるその「神」による人間の名声は、ほとんど現実の価値のない俗界の事物なのである。貴方が獲得したのか、喪失したのかをどのように知るのか?出来事の瞬間は、その瞬間には評価できないが、年月を経た判断によって評価することができるのである。永久不変の真理のみが、これやあれが良いのか悪いのか、獲得したのか失ったのかということを知っている。」

それから、「偉大なる者」(the Great One)は「神のお告げの解釈者の長」の目を開いたので、彼は地上的な境界線を越えて向こうの領域を覗き込んだ。見よ、彼は地上では強くて端麗であったアニスを見たのだが、今やアニスは凝視するには不快な姿をしていた。彼はまた、今や眩いほどの愛らしさの存在となっているナヌアの真の美しさを見、そして彼女の傍には彼女を密かに常に愛していたシェルアットがいて、彼は今やヘリス(Helith)のごとき血気と端麗さで輝いていた。「神のお告げの解釈者の長」はそれで悪は善に変容させることができることを理解し、そして人間は物事の本当の性質についてほとんど知らないことを理解した。

山の頂には今や、木々のこじんまりした森と白石を円形に形作って建てられた寺院があり、人々は自分たちが救助された日のことを思い出す。しかし、彼らが思い起こす事と起こった事は同じものではなく、彼らの考えるその原因は本当の原因ではない。人々は言う。「我々は、我々を救ったアトゥマの子である。」「救助の寺院」(Temple of Deliverance)へ頻繁に通った人の多くは、彼らは二つの影を見たと言った。一つは燦然として美しく、そしてもう一つは壮麗に端麗であり、手と手を取り合って木々の間を彷徨い、あるいは太陽で照らされた林間の空き地に座っていたと言う。周囲一帯は、今や平和の場所となっている。

人間は、不安の影や、未知の力が彼らの心を満たす恐怖の元を歩む。彼らはその無知の薄暗がりの中で、彼らを脅かす物事の似姿として心象を形作り、実在しないもののために実在を踏みつけるのである。もし人間がより鮮明に見ることができるのであるならば、彼らが恐れる物事は、彼らを満足の領域へと導く、単なる親切なしっかりした手であることを知るであろう。


脚注

注1:原文は"he"。この"he"は「神」の表現である「多くの変化した形式」それぞれを表しており、その意味では直前の"each"と意味は重なる。わざわざ別の言葉を使っているので、日本語ではより具体的な意味合いで訳出して、「その「神」の個別の表現」とした。

注2:これはおそらく、恐竜のことを言い表しているのであろう。古代の人も、そのような生き物がかつて存在していたことを知っていたものと思われる。

注3:ルシファーによる反乱のことであろう。コルブリンによれば、それは恐竜の時代に起こったことになる。

注4:「破壊者」(Destroyer)は、ここに出てくるだけでは分からないが、コルブリンの後ほどの記述を見ると、どうやら彗星のように非常に長い楕円軌道を描いて太陽の周りを回る褐色矮星のようだ。この頃はまだ「破壊者」が太陽の引力に捕捉されておらず、太陽の周りを周回していなかったらしい。

注5:「彼女」とは「懲罰の霊」を指す。なぜ女性形であるかというと、「懲罰の霊」は受動的な存在であり、それ自体が目的をもってこのような災害を起こしているのではなく、人々の悪しき行いが「懲罰の霊」を引き寄せたからである。受動的な存在は女性形をとる。

注6:男たちの行為は、嘆き悲しむ感情表現の一種であろう。

注7:原語は、"Powers"。そのまま「力(を持つ者)」と訳出することもできるが、地上に対して影響を行使する存在なので、むしろ天使論の「能天使」と訳出するのがよろしいのではあるまいか。天使論は何もキリスト教に限ったものではなく、De Coelesti Hierarchiaによれば、もとは古代ギリシャ語のテキストに基づく。もっとも、コルブリンが編纂された古代エジプトの時代にその天使論が存在したのかどうかは、確たる証拠もなく、ちょっと怪しいのだが。

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