第70章 1. 而して此の後、彼が 訳注3 畢生(ひっせい)の間(あひだ)に於ける称(しょう) 訳注4 、高きに挙げられたり、彼(か)の人つ裔と万霊の主とに向(むか)ひて、亦地の上に住まふ者等の内(うち)自(よ)り。 2. 猶、彼、高きに挙げられたり、霊の戦車(せんしゃ)が上に乗りて、猶彼が称(しょう)、彼等 訳注5 が内(うち)自(よ)り消え失せり。 3. 斯くて其の日(ひ)自(よ)り、我、最早(もはや)彼等の内に見出(みい)でられたる 訳注6 に非ず;猶、彼 訳注7 、我を配せり、二流(にりゅう)の諸風の間に、北方と西方との間に。其処にて天使等、縄を執(と)りたり、我が為に撰徒と義の徒との在所(ざいしょ)を測る為に。 4. 斯くて其処に、我見き、祖翁(そをう)等 訳注8 と義の徒とを、彼等、太初(はじめ)由り 訳注9 其の境(さかひ)に住まふなり。
訳注1 : 原語は'final'。直訳すれば「最終的な」であるが、場面を考慮する必要がある。ここではエノクが死ぬこと無く昇天する場面であるからして、「究極にして最終の境地」を意味する「究竟(くきょう)」を採用し、「究竟(くきょう)なる」と訳出した。これは仏教用語である。
訳注2 : 原語は'translation'。単に「姿が変わった」というレベルの意味合いではない。旧約聖書『創世記』5章24節の有名な一節「エノクは神と共に歩み、神が彼を取られたので、いなくなった」と呼応しており、これはエノクが生きながらして地上から天界へと「移された」事を意味する。新約聖書の『ヘブライ人への手紙』11章5節でも、エノクのこの現象は "translated" と表現されている。
"translate"の語源は、もともとギリシャ語(七十人訳聖書)やラテン語(ウルガタ訳聖書)に訳す際、「移す」を意味する語(metatithemi / transferre)が使われ、それが19世紀の神学英語で"translation" と表現された事がそもそもの始まりである。
つまり、エノクは生きながらにして昇天したのである。訳語として「不死昇天」を採用した。
訳注3 : 原語は'his'。これはエノクを指す。三人称的な語りで始まっている。
訳注4 : 原語は'his name'。直訳すれば「彼の名前」となるが、もちろん日常的な矮小な意味ではない。これはヘブライ的・黙示録的な非常に深い意味における「名(な/み名)」を指しており、単なる記号としての「エノクという名前」ではなく、エノクという人間の「存在そのもの」あるいは「地上における生きた証(アイデンティティ)」を表している。これにふさわしい日本語は「その人の一生を通じての価値の基準・本質の量り」を意味する「称(しょう)」であろう。
訳注5 : 原語は'them'。これは既出の「地の上に住まふ者等」を指す。
訳注6 : 原語は'was numbered'。「数えられる事がない」という事であるが、これはエノクの存在が既に地上にはない事を表している。「見出でられたり」と意訳した。
訳注7 : 原語は'he'。これも唐突であるが、状況からして、あるいはメルカバー神秘主義のコンテキストとして、エノクを戦車に乗せている御者、つまり「エノク送迎用天使」を指していると考えられる。
訳注8 : 原語は'first fathers'。「祖等(そら)」とすることも出来るが、やや一般的すぎる。エノクの物語なので、エノク視点で、その「祖翁(そをう)等」と訳出する方が読者の脳裏のイメージも広がりやすかろう。
訳注9 : 原語は'from the beginning'。文語訳聖書の有名な句'in the beginning'「太初(はじめ)に」と呼応させて「太初(はじめ)由り 」と訳出した。このエノクが到達した「西の果て」は、天地創造の瞬間から変わらずに用意されている絶対の聖域であると考えられている。
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