エノク書は、ある意味、正典と認められた聖典の外部にあるもっとも著名な現存の黙示録的作品なので、「黙示文学」全般に関して、ここで少しばかりの意見を申し出る事が不適切である事はないであろう。この文献に属する書に関する著述に於いて、バーキット教授(Prof. Burkitt)は非常に明白に述べている。「それらは、その精密さと支離滅裂さのすべてと共に、ユダヤ人の歴史の英雄時代と私が大胆にも呼ぶものの、もっとも独特な遺物であり、その時代は、その国が『神』の特別な人々の役割を行動として描写しようと試みた時代であった。それは破局として終わったが、その国は二つの継承体、キリスト教会とラビ学校を残し、それぞれがその国のもとの目的の幾分かを維持したのである。そして、その二者のうち、黙示録に秘められた考えに対してもっとも忠実であったのはキリスト教会であり、何ら理由もなくという訳では無しに、それ自体を、黙示録的な考えの成就と当に見なしたのである。それ故に、黙示録研究にて必要な事は、何はさておき、黙示録を際立たせる考え方に対する共感であり、それはとりわけ新時代への信念を伴うものである。そして、キリスト教において新しい時代が本当に我々に兆したと信じる者たちは、そのような共感を有さねばならぬ、と私は考える。我々は黙示録を研究する事によって、我々の宗教的先祖たちが、神が終局的に万事良しとなさるであろう期待に対して、どのように希望を抱いていたのかを学び、そして我々、彼らの子孫たちがここで今日それを学ぶことは、その先祖たちの希望が全く根拠がなかった訳ではない事を示すものである。」注1 希望は、実際に、黙示録の作者たちを鼓舞した、根底にある主要な原動力である。そしてこの希望は、絶望で暗くなった時代背景から輝き出すのであるから、より強烈かつ熱烈となる。というのも、黙示録の作者たちは、彼らの住んでいた世界に絶望していたのであり、その世界では神聖さは全く取るに足らないことであり、一方邪悪さはあまりにもしばしば勝ち誇っており、栄えていたのである。四方至るところに悪事があり、黙示録の作者たちはありのままの世界に対する希望を見出す事はなかった。というのも、そのような世界には矯正方法が無く、破壊のみがあったからである。もし仮に善が勝利を収める事があるとしたら、それは新世界においてでなければならぬ。それ故に、彼らの周囲の世界の絶望的状況において、黙示録の作者たちは、正義がわがものとしてやって来て、悪はいかなる場所をも見つける事が出来ぬであろう、来たるべき世界へと彼らの希望を集中させたのである。エノク書の書き始めの言葉を際立たせるのは、次の考えである:「エノクの祝福の言葉。それによって彼は、すべての邪悪なる者たちと不信心なる者たちが取り除かれる事となっている時に、苦しき試練の時節を生きているであろう神に選ばれかつ義なる者たちを祝福した。」この書のいかなる場所にも、最初の章の中にある次の短い韻文の小片よりも、この希望の本質がより美しいかたちで表現されている場所は無いであろう:
しかし正しき者たちとはかの御方は和解し、
そして選ばれし者たちを保護し、
そしてかの御方の恵みが彼らを覆うであろう。
そして彼らはすっかり神に属し、
そして彼らはすっかり繁栄し、
そして彼らはすっかり祝福されるであろう。
そしてかの御方は彼らすべてを救い、
そして光が彼らへ向けて顕現し、
そしてかの御方は彼らと和解するであろう。(第一エノク書 i.8)
我々に受け継がれてきたこの文学に属するすべての書において、この希望は多かれ少なかれ鮮やかに表現されており、また、来たるべき天罰の預言と共に、暗い時代背景が欠乏しているという事も無い。それ故に、黙示文学はほぼ全て未来に関与していると理解する事が出来る。この黙示録の作者は、彼の周囲を取り巻く世界の当時の出来事を何度も繰り返し横目で見ているが、それに対し幾多もの曖昧な照合がなさているー問題となっている書の完全な理解のために、この時代(およそ紀元前200年から紀元100年)の歴史に関するある種の知識を必要とする現実があるーという事は事実である。が、こういった照合は、人間生活におけるあらゆる不正とすべての矛盾がそれによって排除されるであろう時に、この世の権力たる最も強大なる者たちでさえ間もなく、新しく輝かしい時代の到来によって打倒されるという思想を伴いつつ、虐げられそして苦しめられて来た者たちに慰めを与えるという視点のみをもってなされているのである。同様に、その様なあらゆる現在への照合は、将来へ向けてどれを差し向けるかという視点から取り上げられた単なる位置に過ぎない。さて、我々が見てきたように、黙示録の作者たちは現在の世界の改善に絶望しており、それ故にその破壊を新しい物事の条理の前段階として静観するので、彼らはその未来の幻視の中にあって、この世界から目を背ける。彼らは、物事および社会全般の再構成にて別世界的な力が作用する事を想像し、そしてこれらは別世界的な力であるので、黙示文学においては超自然的な力が大きな役を演じるのである。この超自然的な色合いはしばしば、空想的であるとして、そして時に怪奇であるとして当該文学の読者の心を打つであろう。が、それが黙認されて、これらの不思議な幻の背後にしばしば横たわる現実を不明瞭とすべきではない。心象というものは、必ずしも簡単に言葉で表現されるという訳ではない。その幻の中である幻想的な装いとして神託を受け取った預言者は必然的に、彼の神託を紹介する時に彼の脳裏に浮かぶ、彼が見たものの印象を保有する。そして彼が見たものを言葉で言い表す時、彼が提示する光景は、そのような場の性質として、聞き手の耳にとって、その光景を見たその預言者の目に映るよりもより空想的なものとなるのである。特に、東洋に関する豊かな想像力が非常に欠落している我々西洋人に関しては、この点については酌量の余地がある。我々は、他者が提示した心象をひどく具現化しがちであるので、字義にこだわる事に対する我々の愛着は、想像力の働きを妨げる。黙示録は東洋人によって書かれ、彼らのためのものであり、我々はその点を銘記することなしに彼らを公平に評価することは出来ないのである。が、もし我々が東洋の考えに馴染み、そしてその視点でものごとを考察するのであるならば、それが最善となろう。
黙示文学の読者が覚悟しておかなければならぬもう一つの事は、しばしば矛盾を伴う教義のむらと共に、そこに見出される思考の辻褄がたびたび合わない事である。その理由は、黙示録では一人だけではない著者の手がしばしば認められるという事実、そしてその事実は一つの同一の書の中に於ける考えの相違を簡単に説明できるという事、単にそれだけに求められてはならないーいや、根本的な理由は、一方に於いては、黙示録の作者たちの考えが旧約聖書の伝統的な考えや概念にどっぷりと浸かっていたからであり、また、他方に於いては、彼らが熱心に、その時代の精神が存在へと至らしめた、より新しい考えを吸収していたからである。それが彼らの頭の中の思考の絶え間ない衝突を引き起こしていた。古い考えと新しい考えを調和させる試みは常に成功した訳ではなく、その結果、不合理で矛盾を呈した妥協へと帰着したのである。いくつかの点に於ける教義の不一致は、それ故に、このような事情に於いては驚くべきことではない。
さらに、これらの黙示録中に見出される有意性の多くを認識するために、黙示録の作者たち全体としての特徴であった厳格な宿命論を考慮に入れる必要がある。彼らは、世界の方向は、最初から最後まで、物質的変化と、また同様に国々とその発展と衰退の歴史、そしてあらゆる単独の個人の履歴と関係するすべての面の両方について、あらゆる点で世界の始まりの前に「全能なる神」によって前もって定められていた、という絶対的な信念から始めたのである。黙示録の作者たちのこの信念は、次の言葉によって後の黙示録の一つにおいてはっきりと明示されている:
「というのも、かの御方はその不確定な時代の重さを計り、
数によってその時期の数を数えた。
かの御方は物事を動かしもかき乱しもせず、
それは定められし基準が達成されるまで続くであろう。」
(ii. (iv.) エスドラス書 iv. 36, 37)
かくして、「世界の歴史の進行における時間と期間は、神によってあらかじめ予定されてきた。年の数は厳密に定められてきた。これは黙示録の作者たちの基本的な前提条件であったし、彼らは、歴史がその成就に至るべき時までの正確な期間に関する預言の緻密な研究に基づき、その労力の多くをその計算につぎ込んだ。根底にある考えは宿命論的なものなのである。」 注2 しかし、これらすべての事は、黙示録の作者たちによれば、世界の始まりより隠されてきた神聖なる秘密であったが、隠された神のことを覗き込んで理解する能力を与えられた神を恐れる者たちに啓示された。これらの者たちには、他の者たちに対して神聖なる秘密を啓示する特権と義務が課され、それ故に彼らは黙示録の作者たち、あるいは「啓示者たち」を名乗ったのである。黙示録の作者たちは、本当に毅然と彼らが有していた神の不可解なことを覗き見るその力を信じていた故に、彼らは過去に起こった事やその時起こっている事の意味を評価する事が出来ると公言した。そして、その認識に基づき、彼らは、未来の出来事の進展、何にもまして、世界の終わり、つまり世界のすべての歴史がその始まりからそこへ向かっていく終焉がいつやってくるのかを予見する、神によって彼らに与えられた力もまた有していると信じていたのである。
時に随分空想的で、黙示文学がそれに富むところのしばしば超現世的な幻のあらゆる神秘主義にも関わらず、黙示録の作者たちは、実用的な宗教の必要性について十分に理解していた。彼らは律法の支持者であったし、すべての神を恐れる人たちのために必要なものと彼らが見なしたその律法の誠実な遵守者であった。この点において黙示録の作者たちは、原則として、形式主義的に見解が一致していた。が、何が律法の誠実な遵守を構成しているのかについての彼らの考えは、パリサイ派のそれとは異なっていた。というのも、パリサイ派の人々と異なり、黙示録の作者たちは、字句通りよりもそのしきたりの精神を全く強調していたためである。その点における彼らの姿勢の特徴は、第一エノク書 v.4 にある:
「しかし汝らー汝らは断固としておらぬままであり、主の戒律もまた守らぬままであり、
しかし汝らは顔を背け、高慢で頑ななる言葉を話してきた、
汝らの汚れた口をもって、かの御方の偉大さに逆らってきた。
嗚呼、汝ら頑ななる心を有する者どもよ、汝ら如何なる安らぎをも得まじらん。」
そして更に、xcix. 2にて:
「正しき言葉を曲解する者たちに災いを、
そして永遠なる律法に背く者たちに災いを、」
我々はこの文学に、パリサイ主義の特徴であった、律法の教えのもっとも細心なる字義通りの遂行に関するそのような主張を見出すことはない。律法に対する崇拝は全霊を傾けたものである。それは人生における真の指針であり、その指針を無視する者たちには罰が待ち受けている。が、パリサイ主義的な律法の解釈とその要求内容は、黙示録の作者たちの魂にとって相容れないものである。
総じて、黙示文学は、パリサイ人の民族主義的な偏狭さとは非常に異なった普遍的な姿勢を呈している。黙示録の作者たちが、その姿勢において常に首尾一貫している訳ではない事は事実である。が、彼らは普通、その神聖なる救済の仕組みにおいて、彼ら自身の民族と等しく異邦人たちを受け入れていて、また同様に、排除された邪悪なる者たちは異邦人に限られてはおらず、等しく彼らと共にあるユダヤ人たちは、その功罪に応じて来世にて責苦にあうであろう。 注3
黙示文学は、それが生じるのに負うところの終末論運動とは異なって、およそ紀元前200〜150年の期間に成立した。いずれにせよ、現存するもっとも初期のこの文学の標本ーエノク書のもっとも初期の部分ーは、この時期に属する。黙示録的な文字の作品はおよそ三世紀の期間に渡って書き続けられた。第二(第四)エズラ書は、もっとも注目に値する黙示録の一つであるが、最初のキリスト教世紀のほぼ末期に属する。後の時代の黙示録も存在する。次位の同種物のいくつかはずっと後の時代のものである。が、黙示文学の実際の期間はおよそ紀元前200年からおよそ紀元100年である。その始まりの時期は、それ故に、かのユダヤ史に於ける画期的大事件であるマカバイ時代以前の時代となるのである。
注1 : Jewish and Christian Apocalypses, pp.15, 16 (1913)
注2 : G.H.Box, The Ezra Apocalypse, pp. 35, 36 (1912).
注3 : この点に関する一般的なパリサイ人の視点は、マタイによる福音書 iii. 7-10 より集める事が出来る。
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